私の知る暗闇はまだ明るい。
第97話 加速する闇。
私立
当面はジェシカから指導を受けることになる。
そんなわけもあり、三人共ラ―スロ公国日本大使館に滞在していた。
そして数日後に控えた、
とはいえ、
現在、
何より今回は、国民に抜群の人気を
■■■加速する闇■■■
そんな昼下がり。
場所はラ―スロ公国日本大使館。第三皇女シルヴェ―ヌの執務室。
「お嬢さま――」
付き人のジェシカは、
「どうかした、神妙な顔つきね…」
長年の付き合いになる、良き相談相手の真剣な眼差しに、シルヴェ―ヌはそっとカップを置いた。
「いえ…お嬢さま。このまま順一さまと、普通の人生を歩まれる道もありますが……愚問でしょうけど」
シルヴェ―ヌは軽くため息をついた。唇は『なんだそんなこと』と動いた。
長年互いの唇の動きを読んで来たふたりだった。心の中までも読めるような気がしていた。
ふたりが、重要なことを声に出して話せない、そんな事情があった。それは最近ではなく、もう何年もそんな状態だった。
(彼との出会いで、あるいは心変わりをするかもと――)
それなら、それで普通の付き人を演じきるまで。ジェシカはそう考えながら、主の言葉を待った。
「もちろん――」
そう前置きだけで、声のト―ンだけで、ジェシカはシルヴェ―ヌに、心変わりがないことを察した。
「ジュンイチさんとは、うん。そうなりたいの。ホントよ…でもね。ふふっ…」
そして声を出さずに『公国も手に入れたいわ』と、小ぶりでぷっくりとした唇の動きで、長年の計画に変わりがないことを示した。
「きゃあ……私ったら…」
照れながら頬を押さえ、年頃の乙女のような反応で『なんて強欲なのかしら』と唇を動かせた。
唇はいびつな笑いを浮かべたが、シルヴェ―ヌの目はまったく笑ってない。深く暗い闇を覗く覚悟があった。
「参考までにお聞かせください」
「なに?」
「
ジェシカはあきれたように、ため息混じりで最近知り合った、
「続けるわよ、だってあの私。可愛いんですもの」
シルヴェ―ヌにはまったく悪気はない。ジェシカは主のメッキが、
(いや…早めにバレた方がお互いのためかも…)
■■■変化の
ここに来て、ラ―スロ公国第三皇女——シルヴェ―ヌ・フォン・フェイュを取り巻く環境が、大きく変わろうとしていた。
正確に言うなら、本人が変えようとし始めたのだ。長年、
きっかけは、かねてより構想していたプランに必要な、
その中には斎藤兄妹と
理由はシルヴェ―ヌの恋心と関係した。やる気が増したのだ。
しかし、彼女の思う恋心と、世間で言うものとはかけ離れていた。それはまた別の機会で話そう。
話を戻そう。そう、シルヴェ―ヌ派設立の時が近づいていた。
その第一段階となるのが、彼女の側近である、ジェシカの抱える問題との決別。
問題解決に向け、荒療治の準備もジェシカは整った。
ここはラ―スロ公国日本大使館地下のとある一室。
設備名称――地下倉庫。シルヴェ―ヌが来日以来、ジェシカが主体となり医療機器を運び込まれていた。
目的は彼女の体内にある『監視用ナノマシン』を取り出すことだ。
シルヴェ―ヌの監視目的で、組み込まれたナノマシン。
シルヴェ―ヌだけではなく、王族の側近は皆ナノマシンを体内に持つことが義務付けられた。
シルヴェ―ヌの場合、それがジェシカが対象だ。シルヴェ―ヌとの密談に、その義務がネックだった。
ここから先、彼女の計画は秘密裏に、運ばなけれなならない。
今まで、側近のふたりは『唇を読んで』打ち合わせをしていた。筆談だと、メモの流出で、情報が漏れる可能性がある。
(唇を読みながらの打ち合わせも、限界がある……)
彼女は思い切った行動に出ることにした。
『監視用ナノマシン』
どの程度の情報収集能力が、あるのかわからない。
極秘なのだ。単にジェシカのバイタルと、位置情報だけかも知れない――目的も定かではない。
しかし、音声情報まで本国に筒抜けとなると、胸に含むもののあるふたりは、本音を口に出せない。
そのため作戦実行のその日まで、猫を
長年猫の振りをして来たシルヴェ―ヌが、研ぎ続けた爪を出す時がそこまできている。
――とはいえ、ナノマシンは体内のどこにあるのか、わからない。ナノマシンは常に体内を巡る、血液中に存在した。
なので、ナノマシンを外科手術で取り出すことは、ほぼ不可能。そこでジェシカはとんでもない発案をした。
高圧電流を体に流し、ナノマシンをショ―トさせる。
しかも、ショ―トさせた事実を、本国にバレないようにしなければならない。
その為、ニセ情報を流す、新たなナノマシンを体内に入れる必要がある。
つまり、今から高圧電流でナノマシンを焼き切り、ダミ―となる新たなナノマシンを、埋め込む。
バレないように、速やかに差し替えないとだ。
(それにしても……)
ダミ―となるナノマシンは、本国の情報機関‘‘アイズ”の幹部から提供された、
――ただ、この幹部からの持ち込み話が、罠じゃなければだけど。
ジェシカはこの件に対し、特に調査はしなかった。
相手は本国の情報機関アイズの幹部、彼女が探れる程度の情報操作など——お手の物。
罠なら逃れようもない。乗るか、
(だいたい、何の覚悟もなくこんな、大それた提案したら…本人もヤバい)
火中の
もし、
(私が自害すればいいだけ)
シルヴェ―ヌの目的と、命を
自分が
自分が恐れ、二の足を踏んだとしても、別の誰かがシルヴェ―ヌの隣に立つ。
その事に嫉妬してるのではない。側近が新しくなったとしても、その人物にも監視用ナノマシンは埋め込まれる。
シルヴェ―ヌからナノマシンの脅威を取り除く。今、まさに絶好の機会なのだ。
(勝算はある)
新たにシルヴェ―ヌ派が確立すれば、今回の‘‘アイズ”幹部は、日の目が当たる。
叩き上げで、今の幹部の地位に
幹部は更に上を目指した。
(今のラ―スロ公国は
軍部を握る――オドレイ・フォン・フェイュ。公国第二皇女。彼女の影響力は軍部に収まらず、情報機関や政治にも影響を与えていた。
彼女はまさに
それはそう、息苦しいまでに。
まさに――
(水清ければ
若く、真っ直ぐな才能に
理想的な上司だ。ラ―スロ公国最強『第七強襲軍』軍団長。
最強軍を掌握するに相応しい人柄と言える。そして、彼女は妹シルヴェ―ヌの『主席護衛官候補』の斎藤順一に、並々ならぬ評価をしていた。
妹を
(もし、シルヴェ―ヌが彼を
自らの手元に置いてもいい、とすら考え始めていた。まさに、才能を愛する人物なのだ。しかし、彼に対しては少し様子が違う。
——斎藤順一とはウマが合う…
オドレイはそんな風に理解していたが、実のところふたりは単に『脳筋』なのだ。難しいことはわからない。
説明しようにも出来ない。脳筋だもの。それに比べ、少しマシとは言え、
——なんか、あいつら…めっちゃ面白い。
オドレイは無邪気にふたりの日本人をロックオンし、気ままに可愛がった。オドレイ本人は可愛がってるつもりだが、周りから見たら——し烈極まりないしごきだ。
そういう意味では、オドレイに裏はない。
そんな彼女だが、何ひとつ問題がないではない。オドレイの母とシルヴェ―ヌの母は同じ女性であった。しかしながら――
ふたりの母は、オドレイを連れて現国王と再婚したのだ。再婚後シルヴェ―ヌが誕生した。
ふたりは父親が違うのだ。他にも兄弟は多数いる、しかし現国王と血が繋がらないのは、オドレイだけだった。
人物としては、一流だが…彼女自身では、どうしようもない問題もある。そのひとつに『英雄王』との血の繋がりもないことだ。
現国王の父で、シルヴェ―ヌの祖父のあたる『英雄王』と呼ばれた日本人がいた。
彼が国王の座にあった時代、隣国に侵略を受けていた。
亡国寸前まで追い込まれた情勢を、彼は押し返し現在のラ―スロ公国の礎を築いた。まさに『英雄王』の名にふさわしい人物。
彼は、勇敢な反面まわりがよく見え、幼かったオドレイの行く末を案じ、色々と手配しこの世を去った。しかし、今ではそれが嫉妬の種になっていた。
違う話になるが、ラ―スロ公国では日本人に対する尊敬の念は、今だ根強く存在した。英雄王の影響だ。
だからと言おうか、日本人の血が一滴も流れない、オドレイに対して、現在の要職が相応しいのか、度々取り
オドレイは常に自分が
その為には些細な汚れを嫌い、正しさのみが正義と自分のみならず、周囲にも望んだ。
それは特に王族に対し厳しく、ややすれば『日本派閥』対『非日本派閥』の形になり、その縮図として同じ母を持つシルヴェ―ヌと比較された。
表向き、シルヴェ―ヌは
もちろん、腹に一物あるシルヴェ―ヌは、そのことを早くから察知し『ウケるよう』演じたのだ。
父親違いの姉妹。姉のオドレイは無邪気なまでに、妹シルヴェ―ヌを愛し、妹シルヴェ―ヌは残酷までに、姉オドレイを自分を引き立てる『融通が利かない』象徴として利用した。
そんな工作もあり、シルヴェ―ヌが自分の派閥を立ちあげたとしても、周りに祭り上げられたように、見える環境が完成していた。
決戦前夜にふさわしい空気が、ラ―スロ公国日本大使館に満ちていた。
さぁ、サイコロを振ろうじゃないか、諸君。
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