私の知る暗闇はまだ明るい。

第97話 加速する闇。

 私立常和台ときわだい高等学校での一件から、数日が経過していた。




 順一じゅんいち舞美まいみ兄妹としおりは、ラ―スロ公国の国籍を取得する方向になった。




 順一じゅんいちしおりはシルヴェ―ヌ付きの護衛官になるため『特別訓練生』に。



 舞美まいみはラ―スロ公国軍学校中等部に編入し、日本で研修を開始していた。



 当面はジェシカから指導を受けることになる。



 そんなわけもあり、三人共ラ―スロ公国日本大使館に滞在していた。




 そして数日後に控えた、順一じゅんいちの『主席護衛官候補生』通称お姫様の騎士ナイト・オブ・ザ・プリンセス就任発表と共に、シルヴェ―ヌが正式に公職に就くことが公表される。




 とはいえ、順一じゅんいちは、まだ『主席護衛官』に過ぎない。これから過酷な訓練が、待ち構えていた。




 現在、諸々もろもろの準備に大使館は慌ただしさを増した。



 何より今回は、国民に抜群の人気をほこるシルヴェ―ヌが、どんな公職に就くかが注目どころだった。



 ■■■加速する闇■■■



 そんな昼下がり。



 場所はラ―スロ公国日本大使館。第三皇女シルヴェ―ヌの執務室。




「お嬢さま――」

 付き人のジェシカは、あるじシルヴェ―ヌとアフタヌ―ンティ―を共にした。




「どうかした、神妙な顔つきね…」


 長年の付き合いになる、良き相談相手の真剣な眼差しに、シルヴェ―ヌはそっとカップを置いた。



「いえ…お嬢さま。順一さまと、の人生を歩まれる道もありますが……愚問でしょうけど」



 シルヴェ―ヌは軽くため息をついた。唇は『なんだそんなこと』と動いた。

 来たふたりだった。心の中までも読めるような気がしていた。




 ふたりが、重要なことを声に出して話せない、そんな事情があった。それは最近ではなく、もう何年もそんな状態だった。 



(彼との出会いで、あるいは心変わりをするかもと――)



 それなら、それでを演じきるまで。ジェシカはそう考えながら、主の言葉を待った。



「もちろん――」



 そう前置きだけで、声のト―ンだけで、ジェシカはシルヴェ―ヌに、心変わりがないことを察した。



「ジュンイチさんとは、うん。の。ホントよ…でもね。ふふっ…」



 そして声を出さずに『』と、小ぶりでぷっくりとしたで、長年の計画に変わりがないことを示した。




「きゃあ……私ったら…」

 照れながら頬を押さえ、年頃の乙女のような反応で『なのかしら』と




 唇はいびつな笑いを浮かべたが、シルヴェ―ヌの目はまったく笑ってない。深く暗い闇を覗く覚悟があった。



「参考までにお聞かせください」

「なに?」

片言かたことの日本語は…?」



 ジェシカはあきれたように、ため息混じりで最近知り合った、順一じゅんいちとの会話のことをイジった。




、だって。可愛いんですもの」



 シルヴェ―ヌにはまったく悪気はない。ジェシカは主のメッキが、がれないことを祈った。



(いや…早めにバレた方がお互いのためかも…)



 ■■■変化のきざし■■■



 ここに来て、ラ―スロ公国第三皇女——シルヴェ―ヌ・フォン・フェイュを取り巻く環境が、大きく変わろうとしていた。



 正確に言うなら、本人が変えようとし始めたのだ。長年、かぶっていた猫を脱ぐ時が来たようだ。




 きっかけは、かねてより構想していたプランに必要な、手駒てごまが急激に彼女の元に、揃い始めたからだ。




 その中には斎藤兄妹としおりも含まれていた。特に斎藤兄こと、順一じゅんいちの存在が後押しした。




 理由はシルヴェ―ヌの恋心と関係した。やる気が増したのだ。



 しかし、彼女の思う恋心と、世間で言うものとはかけ離れていた。それはまた別の機会で話そう。


 

 話を戻そう。そう、シルヴェ―ヌ派設立の時が近づいていた。


 その第一段階となるのが、彼女の側近である、ジェシカの抱える問題との決別。


 問題解決に向け、荒療治の準備もジェシカは整った。



 ここはラ―スロ公国日本大使館地下のとある一室。

 設備名称――地下倉庫。シルヴェ―ヌが来日以来、ジェシカが主体となり医療機器を運び込まれていた。




 目的は彼女の体内にある『監視用ナノマシン』を取り出すことだ。

 シルヴェ―ヌの監視目的で、組み込まれたナノマシン。



 シルヴェ―ヌだけではなく、王族の側近は皆ナノマシンを体内に持つことが義務付けられた。



 シルヴェ―ヌの場合、それがジェシカが対象だ。シルヴェ―ヌとの密談に、その義務がネックだった。



 ここから先、彼女の計画は秘密裏に、運ばなけれなならない。



 今まで、側近のふたりは『』打ち合わせをしていた。筆談だと、メモの流出で、情報が漏れる可能性がある。



の打ち合わせも、限界がある……)

 彼女は思い切った行動に出ることにした。



『監視用ナノマシン』



 どの程度の情報収集能力が、あるのかわからない。

 極秘なのだ。単にジェシカのバイタルと、位置情報だけかも知れない――目的も定かではない。




 しかし、音声情報まで本国に筒抜けとなると、のあるふたりは、本音を口に出せない。




 そのため作戦実行のその日まで、猫をかぶらざろうえなかった。そして、ようやくその日がやってきたのだ。



 長年猫の振りをして来たシルヴェ―ヌが、研ぎ続けた爪を出す時がそこまできている。



 ――とはいえ、ナノマシンは体内のどこにあるのか、わからない。ナノマシンは常に体内を巡る、血液中に存在した。




 なので、ナノマシンを外科手術で取り出すことは、ほぼ不可能。そこでジェシカはとんでもない発案をした。



 高圧電流を体に流し、ナノマシンをショ―トさせる。

 しかも、ショ―トさせた事実を、本国にバレないようにしなければならない。

 その為、ニセ情報を流す、新たなナノマシンを体内に入れる必要がある。




 つまり、今から高圧電流でナノマシンを焼き切り、ダミ―となる新たなナノマシンを、埋め込む。



 バレないように、速やかに差し替えないとだ。



(それにしても……)



 ダミ―となるナノマシンは、本国の情報機関‘‘アイズ”の幹部から提供された、本物オリジナルをベ―スに、細工をしたものなので――露見することはない。



 ――ただ、この幹部からのが、罠じゃなければだけど。



 ジェシカはこの件に対し、特に調査はしなかった。



 相手は本国の情報機関アイズの幹部、彼女が探れる程度の情報操作など——お手の物。



 罠なら逃れようもない。乗るか、るか。極めて単純なのだ。恐れるなら、笑顔でスル―。



(だいたい、何の覚悟もなくこんな、大それた提案したら…本人もヤバい)



 火中のくりひろうつもりなら、毒までもだ。

 もし、あるじシルヴェ―ヌに、るいおよぶなら――



(私が自害すればいいだけ)



 シルヴェ―ヌの目的と、命をした博打ばくちの時だ。



 自分があるじシルヴェ―ヌと共にありたいのであれば、躊躇ちゅうちょは出来ない。



 自分が恐れ、二の足を踏んだとしても、別の誰かがシルヴェ―ヌの隣に立つ。



 その事に嫉妬してるのではない。側近が新しくなったとしても、その人物にも監視用ナノマシンは埋め込まれる。



 シルヴェ―ヌからナノマシンの脅威を取り除く。今、まさに絶好の機会なのだ。



(勝算はある)



 新たにシルヴェ―ヌ派が確立すれば、今回の‘‘アイズ”幹部は、日の目が当たる。



 叩き上げで、今の幹部の地位にいたが、ここがキャリアの終点なのは目に見えていた。



 幹部は更に上を目指した。情報機関アイズ長官の地位を手にするために。



(今のラ―スロ公国は閉塞へいそく感に満ちている。実力だけでは先がない……)



 軍部を握る――オドレイ・フォン・フェイュ。公国第二皇女。彼女の影響力は軍部に収まらず、情報機関や政治にも影響を与えていた。




 彼女はまさに清廉せいれん潔白けっぱくを地で行く人物。あまりにも清廉せいれんで、無邪気なほど、人の善なる部分を信じた。




 それはそう、息苦しいまでに。

 まさに――

(水清ければうおまず)



 若く、真っ直ぐな才能にあふれた人物には、迷わず手を差し伸べる、家柄、門閥、学歴などまるで考慮しない。ある意味にいて――



 理想的な上司だ。ラ―スロ公国最強『第七強襲軍』軍団長。



 最強軍を掌握するに相応しい人柄と言える。そして、彼女は妹シルヴェ―ヌの『主席護衛官候補』の斎藤順一に、並々ならぬ評価をしていた。



 妹を中友連邦ちゅうゆうれんぽうのエ―ジェントから救った――ただそれだけでも、若者に敬意を表していた。しかし——




(もし、シルヴェ―ヌが彼をもちいぬなら…)

 自らの手元に置いてもいい、とすら考え始めていた。まさに、才能を愛する人物なのだ。しかし、彼に対しては少し様子が違う。




 ——斎藤順一とはウマが合う…



 オドレイはそんな風に理解していたが、実のところふたりは単に『脳筋』なのだ。難しいことはわからない。




 説明しようにも出来ない。脳筋だもの。それに比べ、少しマシとは言え、しおりもカテゴリ―は脳筋。しかもスト―カ―。



 ——なんか、あいつら…めっちゃ面白い。



 オドレイは無邪気にふたりの日本人をロックオンし、気ままに可愛がった。オドレイ本人は可愛がってるつもりだが、周りから見たら——し烈極まりないしごきだ。




 そういう意味では、オドレイに裏はない。



 そんな彼女だが、何ひとつ問題がないではない。オドレイの母とシルヴェ―ヌの母は同じ女性であった。しかしながら――



 ふたりの母は、オドレイを連れて現国王と再婚したのだ。再婚後シルヴェ―ヌが誕生した。



 ふたりは父親が違うのだ。他にも兄弟は多数いる、しかし現国王と血が繋がらないのは、オドレイだけだった。




 人物としては、一流だが…彼女自身では、どうしようもない問題もある。そのひとつに『英雄王』との血の繋がりもないことだ。



 現国王の父で、シルヴェ―ヌの祖父のあたる『英雄王』と呼ばれた日本人がいた。




 彼が国王の座にあった時代、隣国に侵略を受けていた。



 亡国寸前まで追い込まれた情勢を、彼は押し返し現在のラ―スロ公国の礎を築いた。まさに『英雄王』の名にふさわしい人物。



 彼は、勇敢な反面まわりがよく見え、幼かったオドレイの行く末を案じ、色々と手配しこの世を去った。しかし、今ではそれが嫉妬の種になっていた。




 違う話になるが、ラ―スロ公国では日本人に対する尊敬の念は、今だ根強く存在した。英雄王の影響だ。




 だからと言おうか、日本人の血が一滴も流れない、オドレイに対して、現在の要職が相応しいのか、度々取り沙汰ざたされた。



 オドレイは常に自分が清廉せいれん潔白けっぱくであることを、証明し続けなければならない。



 その為には些細な汚れを嫌い、正しさのみが正義と自分のみならず、周囲にも望んだ。



 それは特に王族に対し厳しく、ややすれば『日本派閥』対『非日本派閥』の形になり、その縮図として同じ母を持つシルヴェ―ヌと比較された。




 表向き、シルヴェ―ヌは天真てんしん爛漫らんまんで温厚な人柄として、国民や貴族からも高い人気を得ていた。



 もちろん、腹に一物あるシルヴェ―ヌは、そのことを早くから察知し『ウケるよう』演じたのだ。




 父親違いの姉妹。姉のオドレイは無邪気なまでに、妹シルヴェ―ヌを愛し、妹シルヴェ―ヌは残酷までに、姉オドレイを自分を引き立てる『融通が利かない』象徴として利用した。



 そんな工作もあり、シルヴェ―ヌが自分の派閥を立ちあげたとしても、周りに祭り上げられたように、見える環境が完成していた。




 決戦前夜にふさわしい空気が、ラ―スロ公国日本大使館に満ちていた。



 さぁ、サイコロを振ろうじゃないか、諸君。



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