第96話 ひとつの結末。

 約束も何もない。

 そんな状態で出会った場所、出会った時間に来たところで…

 運命的な再会が出来る程、この世界は甘くない。所詮オレと彼女シルさんは住む世界が違う。


 高嶺たかねの花……そんな言葉で諦めようと、未練がましくこの場に来たワケで……


 結果は何も変わらない。オレにとってもだし、彼女シルさんにとってもお互い住む世界が違うのだ。


 きっと『あと5分だけ』そんな感じで待ち続けて、バスがなくなる時間帯迄帰れないのだ。まぁ、よくある話だ。


 考えてみたらわかること。一国のお姫さまに約束もせずに、出会ったバス停で偶然再会出来るなら。それは一生分の運を使い果たすに等しいだろう。

(なにやってんだ)


 決断出来ない自分。運を天に任せるにしても任せ過ぎだ。大使館の前で待ったとしても、彼女シルさんに出会える可能性は高くない。ほんの僅かな期間で2度も拉致を計画される程の要人なのだ。


 遅くなると舞美が心配する。ちょうどバスが来た。このバスに乗って自宅方面に向かおう。バスから降りてくる乗客を何となく見ていた。


 バスからは会社帰りの男の人や、自分と変わらない年頃の大きなカバンを抱えた部活女子、そしてひと際目を惹く、黒のゴシックに身を包んだ若い女性が降りて来た。

(コスプレイヤ―さんか…?)


 黒のゴシックに付けえり、ヘッドドレス、ア―ムカバ―、手袋にひらひらとしたスカ―トがパニエにより膨らみ、黒タイツが覗いていた。

(メイドさん……じゃないよな)


 失礼だがオレは、その目立つ服装をついつい目で追ってしまった。オレだけかと思いきや、あまりに目立つ服装、端正な顔立ち、そして絹のように明るい赤茶色の髪に、周りの乗客の目は釘付けになった。


 ん…? 赤茶色の髪? オレはバスの乗車口に向かう足を止め、改めて黒ずくめのゴシックの女性を二度見した。


「なにやってんっスか…」


 オレは余りのことに、開いた口が塞がらない。オレの目の前に舞い降りた漆黒の天使は『ラ―スロ公国』第三皇女シルヴェ―ヌ・フォン・フェイュ、その人だった。


 シルさんはオレの顔を見るや否や、目の淵に涙を溜めあふれさせた。

「ジュンイチさん……ジュンイチさん!」

 シルさんは人目をはばらず、オレの胸に飛び込んできた。ふわりと宙を舞う赤茶色の髪からは、懐かしいシルさんの匂いがした。


 どうやら、オレは一生分の運を今使い果たしたらしい。それくらいの偶然であり、奇跡がないとシルさんに出会えることなんてないのだ。


「ジュンイチさん……逢いたかったデス」

 泣きじゃくるシルさんの背中をさすりながら「オレもです」と伝えた。

「ジュンイチさん、私は……」

「はい」

 シルさんはしゃくりあげながら、上目使いで言った。

「ジュンイチさん……私…迷子デス」

「へっ?」

「え?」


 迷子? え、なに? シルさんオレに会いに来てくれたのでは? えっ? なに、オレ偶然迷子のシルさん見つけただけなの? いや、待て。そんなことないだろ、ここはひとつ冷静になって、もう一度聞こう。


「シルさん、その…迷子なの?」

「うん、なんで?」

 あぁ…割と明るく言われたわ。オレに、というか知り合いに出会えてほっとした感満載だ。


 オレの感動返して欲しい。いや、もって違う出会い方あるだろ、神様。まぁ、いいか。いや、でもオレの気持ち的にひとこと言っておこう。


「いや…一瞬オレに会いにきてくれたのかと」

 シルさんは一瞬固まり、視線を逸らして「実はソウダヨ」とそこはかとなく計算高さがプンプンする。

「さっき迷子になったって―」

「あれは言葉のあやデス」言い切った。


『ぐうぅぅうぅ』シルさんは慌ててお腹を押さえた。


「お腹、空いてます?」

「うぅ……はい。その…護衛をまくためにスマホとサイフは置いてきましたノデ」

 お腹を押さえながら情けない顔するシルさん。ふと目に入ったド―ナツショップ。

「ド―ナツ。食べます?」

「ド―ナツ! よろしいのデスか!」

 飛び跳ねるシルさんの後ろで、申し訳なさそうな顔する男の人――バスの運転手さんだ。無賃乗車したらしい…一国のお姫さま、無賃乗車で捕まるとこだったのか……なにやってんだ。


「デ―ト。みたいですね」

 空腹のあまりなのか、スイ―ツ大好きなのか。ぽっぺたを膨らませながら、満足そうに食べるシルさんをからかう。


 シルさんは「デ―ト」という単語に喉を詰まらせ、慌ててアイスティ―に手を伸ばす。なんか、シルさんを見てるとからかいたくなる。


「ジュンイチさん、いきなりデ―トだなんて言うから…危うく喉にシナモンクル―ラ―が詰まりソウに…」

「オレとデ―トは嫌ですか?」

「嫌なんて言ってません…ぷいっ」

 かわいくそっぽ向いた。やっぱりからかうのは楽しい。


「それと、死なないでくださいよド―ナツなんかで。いきなり失業じゃないですか」

「し、死にませんよ! そんな、まだ……失業?」

「はい。シルさん死んじゃったら、オレは誰を護衛すればいいんですか。しっかりしてください」

「うぅ……口調が何気にジェシカなのですが……」

「そりゃそうです。ジェシ―と協力してお守りしなきゃでしょ?」

「それってもしや、騎士位ナイトを……!?」


「ん…あっ、来ましたよ、ジェシ―。なんかないですか?」


「わぉ……今世紀最大級に激おこデス……なのに。あれ? どうしてジェシカがココのに…もしや?」

「ええ、連絡しました。保護対象確保したと」

「は、はかりましたネ……ジュンイチさん!」

「お嬢さま!」


「うっ、ジェシカ…ご機嫌如何デスか?」

「いいわけないでしょ? バカですか?」

「言うに事を欠いてあるじに向かってバカとか!」

あるじというなら、あるじの自覚を。まぁ、いいです。今後は順ちゃんと私の目をくぐらないと脱走できませんから。そうそう、どこまでも追尾する、スト―カ―さんも仲間入りします」

「え…栞ちゃんも……そんな…ジュンイチさん……」


 情けない声で助けを呼ぶシルさんを横目に、オレは少し冷めたホットコ―ヒ―に口をつけた。オレたちが初めて出会った始まりの場所――ド―ナツショップ前のバス停を眺めながら。ひとつ目の幕が降ろされた。



『あとがき』

最期までお付き合い頂き心から感謝します。

この物語は1度ここで幕を降ろします。

第2幕、第3幕のプロットは完成しているのですが、

一旦この物語から距離を取ろうと思います。

色々と書いてきましたが、本作がすべてにいて、

過去作越え出来たことを改めて感謝すると共に、

次回作にご期待頂ければ幸いです。

次回作は、只々笑えるラブコメを考えています。

ご興味がある方、応援頂ければうれしいです。

最期に長々とお付き合い頂き、ありがとうございました。


アサガキタ。



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