第94話 一蓮托生と申しましょうか。
舞美との話を終え、舞美は栞にラインをしてくれた。大使館内にはバルコニ―があるらしく、そこで待ってるらしい。舞美に簡単な場所を聞き去る前に付け加えた。
「マイちゃん……マイたんは…どうしてる」
以前ならこの問いかけはNGワ―ドだった。今だってNG要素がゼロになったわけではない。それでも、聞かない訳にはいかないし…
「勝った」
舞美は体の前で小さくとったガッツポ―ズ。今回の動画配信のことでネット上では舞美人気は相当なものになっていた。さっきちらりと『芸能事務所』からの問い合わせがあったと聞かされたが、驚きはしなかった。本人は興味なさげだが。
こういうひとつひとつの仕草、動作が目を惹く。元々通っている中学でも中々のモテ具合なようだ。
「何に勝った?」
急いでるわけじゃない。オレは再び足を止めて舞美の得意げな表情を覗いた。
「あの子ね、順兄ぃが自分のこと
それで勝ったか。
「それで何を賭けたんだ?」
「フフフっ……聞きたい? いや、聞いて。それは『ナンバ―ワンかわいい妹の座』まぁ、賭けずともわかり切った結果だけども」
そうだな、賭けずともだな。口には出さないが何度か頷いた。
「賞品は?」
「残念。決めてなかった。順兄ぃに頭撫でて貰う権利とか言ったら、シスコンの兄は
オレは黙って舞美の頭を撫でた。ほんの数日前に同じことしてたら、キモいだの大騒ぎでシャワ―を浴びに走ってたろう。オレだって頼まれても妹の頭なんて撫でない。命の保証がない。
「――ズルいだろ、マイたん」
「兄さん、バレましたか。この一瞬を狙ってました。まさに『ざまあ』ね。兄さん」
入れ替わったとはいえ、オレはしばらくマイたんの頭を撫でた。ある質問がしたかった。したかったが怖くもあったし、ちゃんと答えるか疑問でもあった。
「大丈夫よ。兄さん、マイたん消えたりしないから」
「信じていいのか」
「どうぞ。でも、こんな満たされたらヤンデレ要素出しようがないの『キャラ的』になら消えてるかも? 自分的には今も嫌いじゃない。兄さんは?」
「そうだな、嫌いじゃない。今のも、ヤンデレも」
マイたんは切れ長な流し目でオレを見た。不思議とマイたんになると切れ長な感じになる。マイたんは軽くあくびをして伸びた。
「疲れてるから、部屋に戻って寝るわ。またね、兄さん」
□□□□
「遅いです!」
道に迷った末にバルコニ―に辿り着いたら、待っていたのは栞の苦情だった。振り向いた栞はワザとらしく怒っていた。麻の生地、夏を感じるブル―の七分袖のワンピ―ス。しなやかで光沢のある長い黒髪に息を呑んだ。敏感な栞はオレの反応にすぐに気付いた。
「惚れちゃいそうでしょ?」
確かにその通りだ。認めるのも何なので着てる服のことをたずねた。
「このワンピはですね、シルちゃんからの貸与品です」
「貸与品って、硬いな」
「使ってみたかっただけです『貸与品』って単語。実は大使館の方が買ってくれてたみたいです。下着とか……そうそう、ゲン担ぎに見ときますか? 御利益抜群の栞パンツ。今ならバックショットがおススメです」
見たいのは間違いのないことなのだが、流石に他国の大使館では遠慮しよう。
「残念ですね、その背徳感がいいんじゃないですか」
おっしゃる意味がわかるだけに、この話題は終わりにしよう。オレと栞は比較的ブレ―キがバカなのだ。
「大丈夫か」
「ん……やっぱり斎藤君は気遣いの人ですね。私もそうなんで、よくわかります。まぁ、私の場合比較的、気遣いと言うよりも顔色見るですけど。ご心配していただいてるように、思っていた結末ではないですね。逮捕されて裁判とか、余罪の追及っていうか、そんなのを考えてました」
事務長と林田は焼死。監督の成宮は事務長室で、刺されて死んでいるのが発見された。今頃それぞれの家族は、旦那や父親の目を覆いたくなる現実と向き合っているのだろう。
家族に罪があるか、無いかはそれぞれの立ち位置によって感じ方が変わる。この結末がよかったか、悪かったか。しかし、少なくともギリギリまで選択の余地はあった。大人しく逮捕され、罪を償う道はあったのだ。
「どんな結末でも後悔しない準備はしてました。唯一後悔していたとしたら斎藤君に打ち明けないで、体で解決していた時だけです。残された家族が恨むのなら、お門違いだって言ってやりますとも!! ただ、その時は少し凹みますので支えてくれたら……」
強がってみても、怖いのだ。それはオレだって変わらない。人の的外れな感情は特に、さっくりと心に刺さる時がある。その時が来たら言われるまでもなく側にいる。
「私。
栞にしては珍しくはにかみながら。そして要望を付け加えた『出来たら優しくして欲しいですぅ』本当に珍しく栞は語尾が甘えた感じだった。
かなり後の話になるがこのセリフは、プロポ―ズだったらしい『これだから、鈍感力の持ち主は…』と呆れられる未来がオレにはあるらしい。
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