第93話 これから。

「シルさん、悪いんだけど。ジェシ―見張っといてよ」

 オレはふたりの仲直りのきっかけになればと、席を外すことにした。仲直りはもちろんなのだが、頭を打ったジェシ―に安静は必要だ。

「わかりました! ジュンイチさん。ジェシカがこっそり抜け出さないように見張りマスね!」

「はぁ!? こっそり抜け出すのはお嬢さまですから!! お嬢さまの専売特許ですから!!」

 そう言いながらも、仲良くケンカするふたりを置いてオレは部屋を出た。吹き抜けの階段を降りようとした背後から声を掛けられた。浅倉さんだ。


「順一。ケガはどうなの?」

 気まずさを感じながら、不意にエンカウントしてしまった以上、準備なくとも言葉を絞り出している、そんな感じだ。

「どうもないです、と言いたいところですけど。死ぬほど痛いです」

 浅倉さんも気まずいだろうが、オレだって中々気まずい。こんな気まずい思いをするくらいなら、体育館で揉めなきゃよかった。柄にもなくキレた以上、責任はオレにある。舞美もわだかまりを残して欲しくないと言ったし……仕方ない。


「ごめんなさい」

「えっ?」

「色々助けて貰ったのに、偉そうな態度取って……」

 笑って誤魔化す訳じゃないが、謝るのは恥ずかしい。なのでどうしても照れ笑いが零れてしまう。

「あ、いや……こっちこそ。なんか子供扱いして…年上ぶったって言うか。年上ぶるなら先に謝れよって話なんだけど……後ね。助けて貰ったとか手伝って貰ったとか、やめない? 私らみたいに『お互いさま』の見本みたいな関係ないよ?」

 それもそうだ。今だってお互いに謝り、お互いに自虐ネタを披露している。お互いさまなのだ。


「じゃあ、仲直りでいいですか?」

 オレは気付かなかったが、手のひらに汗をかいていた。慌ててスウェットで拭き右手を差し出した。

「ズルい! 私が仲直り言おうとしたのに! フフッ……競争じゃないよね……これからどうするの?」

 浅倉さんは伸びをしながら軽くそんな質問をした。そう出来るだけ軽い感じで。


「まだ、決めてません。今からどうするか聞きに回ろうかと」

「そう? まぁ、どんな結論でも、私は君ら兄妹とこの先関わっていく」

「それは……すごく嬉しい言葉です」

「これからもよろしくね、年下のお兄ちゃん」

「はい、英子さん」

 オレたちは吹き抜けの階段の一番上で座って話していた。この先も関わってくれる、そんな言葉が響き以上にオレに安心を与えた。


「舞美なら1階の角の部屋にいるわ、家族と」

 オレは浅倉さんに軽く会釈をして家族の元に向かった。角の部屋と言われたものの、角には向かい合わせで部屋が二部屋ありイチかバチかでノックするには、時間的に少し早い。どうしたもんかなぁ…ほんの数秒迷っているとドアが開いた。


「順兄ぃ…」

「マイちゃん、おま……なんでわかった! エスパ―なの!? 通じ合ってる感じなの!?」

 ノックしようかどうしようか、ウロウロしてた所に颯爽と現れた妹さま。いや、これはひとつの奇跡だろ? 兄妹の絆侮れません。


「つ…通じ合ってるちゃあ、通じ合ってるけど。残念、英子さんからライン来た。お父さんもお母さんも遅くまで飲んでたから」

 なんだ……いや、別に妹と通じ合わなくても、なんだけど。普通で考えたら浅倉さんだよな。なんで、妹との運命的な絆がまず浮かぶやら。こりゃ、シスコンは否定できんなぁ。


「寝れたか?」

 オレは照れ隠しに、そんなどうでもいい事を聞いた。なに妹相手にガチで照れてんだ……でも大丈夫。きっとこんなとき妹さまは、ジト目の末『キモ』の連打をしてオレの目を覚まさせてくれるはず!


「私は……その、中々寝付けなくて……モジっ…」

 なに顔赤くして目逸らしてんだ!! 朝っぱらから兄妹で!! もう、無理!! 勢い任せに舞美の手を引き、カップコ―ヒ―を買って中庭に出ることにした。


「見て、朝露がきれい」

 オレは舞美と大使館の中庭を散歩した。芝生に降りた露が朝の日射しに照らされ反射していた。まさに新しい朝の訪れだ。

「順兄ぃ…これ、苦いよぉ……無理! 大人の味! ビタ―テイスト…」

「え? ミルクと砂糖入りだけど? お前がお子ちゃまなんだろ?」


「ほぉ……言いますね…ではお兄さまも飲んでみ?」

「えっ、嫌だよ。間接キスだろ? お前だって嫌だろ?」

「ほぉ……間接キスまで持ち出して、自分もお子ちゃま舌だというの誤魔化したいわけか……ふん! 子供ね」

「はぁ!? ちげえし! 飲めるし! いや、むしろブラックコ―ヒ―しか飲まんし!」


「これはこれは。寝食、苦楽を共にする妹にそのようなウソ偽りまで言って、大人振りたいとは……胸キュンですね」

「ウソじゃねえから、いいんだな? 後になって『キモい』だの『臭い』なのメンタル攻撃しないんだな?」

「しない、しない。しないから飲んでみそ?」

「なんだよ、別にコ―ヒ―なんか飲めるし、ミルクと砂糖入ってるての……」


「どう?」

 舞美はオレがコ―ヒ―を口にしたのを確認して、じっと顔を覗き込んでくる。

「苦い……」


 その後、舞美に散々笑い転げられた。目の淵に涙を浮かべるほどに。

「順兄ぃ」

「なんだよ」

「もう、拗ねないの。あのね、私もだし『あの子』も、付いてくるから。したいようにしなよ。ラ―スロだろうと日本での日常だろうと」

 オレは舞美の顔を二度見した。知らない内に大人になって妹の顔。


「あと……うちら、まだだって」

 舞美はワザとらしく、苦い顔をして見せ苦言を吐いた。



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