第92話 オレたちの日常。

「オドレイ・フォン・フェイュ閣下です。シルヴェ―ヌさまのお姉さま――第二皇女殿下。そしてラ―スロ公国第七強襲部隊軍団長!! それから私のちょ~憧れの方です!!」


 明らかにジェシ―のテンションがおかしい。シルさんのお姉さんオドレイさんも少し扱いに困るほど。しかし、オドレイさんは咳払いをして気分を切り替えた。


「聞き捨てならんな『鉄の乙女』と呼ばれたお主が『恋』とな?」

「あわわわっ! それは言葉の―」

「言葉のあやと申すか?」


「いえ、それは決して……」

「では、やはり『恋』をしておるのか?」

「あの…えっと…それはその…」

「よいよい! 久しいのでついからかった。悪く思うな。しかしジェシカが恋とな……おっと、ジュンイチ・サイトウやはり骨は折れていたか」


「ええ、まぁ…骨ぐらいで済みました」

「そうか。きのうも言ったが礼に寄ろうと思っておった。なかなか国を離れられぬでな。改めて礼を言おう、お主には感謝しておる。妹シルヴェ―ヌを助けてもらい、此度はジェシカを。確かに命を救われたのであれば『鉄の乙女』とて恋もしょうぞ!」


 オドレイさんは豪快に笑い飛ばし、ジェシ―は耳までは真っ赤にした。

「ところで、どうするのだこれから?」

「これから、ですか…実はまだ考えてなくて…」


「そうか。そう難しく考えずとも『ダ―リン』と呼んで貰えばよかろう?」


「閣下~~!!『』って、わわわ、私の順ちゃんの呼び方!? この先の順ちゃんの身の振り方ではなく!? 今それ重要ですか!?」

「そうだが…恋する乙女の願いを聞いてやるのも男の甲斐性だぞ?」

「閣下~~『恋する乙女』とかやめてください!!」


「何故だ? 楽しそうではないか。考えてもみろ。ジェシカがシルヴェ―ヌの前でジュンイチを『ダ―リン』と呼んでみろ、あやつティ―カップを落としおるぞ!」

「いやいや、落とすでしょうけど!! 面白いでしょうけど!! その…やはり私はその…臣下の身。主の思いを寄せる方と……そんな…」

「なんで? 別に恋愛は自由じゃん?」

「じゃん…?」

「順ちゃん、オドレイさまは見た目に寄らず中身は時々『ギャル』なんです……しかもシルヴェ―ヌさまの姉君というだけあって『ど天然』な部分が……なので、今この場で果てしなく『釘を刺して』置かないと…普通にご自分が順ちゃんのこと『ダ―リン』とか呼び出します……」


「え……? ちょっと呼ばれたいかも」

「はあ!? チョイ、順ちゃん! 知ってたけどバカでしょ? 閣下ですよ、閣下! 言ったでしょ? 第七強襲部隊軍団長!! 軍団長!! 順ちゃん危うくゴリゴリの『ゴリマッチョ』集団敵に回すとこなのよ?」


「お……ジュンイチ、これはアレか?」

「オドレイさま……間違いありませんね」

「な、なに!? ふ、ふたり揃って……」


「ジェラシ―だな」

「ですね」


「は!? じぇ、じぇ、じぇ…ジェラシ―じゃねえし!! って言いますか、普通にヤキモチって言ってください!」

「なんだジェシカ。ヤキモチは焼いてんだ?」

「そこはかとなくこの姉妹、私に意地悪です! そ、そうですか? ダメですよね! 主が好きな人、好きになるなんて! はっきり言ってくれれば、いいじゃないですか…」

「別にいいんじゃね? 結婚してるわけでもなく。もし本気でシルヴェ―ヌがそんなこと言うようなら、私に言え。恋愛は自由だ」

「はい…ありがとうございます」


「しおらしいな、あの堅物が。ジュンイチ、改めて礼を言う。もしひとりでも欠けることがあったら、このようなバカ話は出来なんだ。この先のこと、わからぬことがあれば、何なりと相談に来い。遠慮は要らぬ、では後程な、


 オドレイさんは何事もなかったように、普通に医療室を後にした。


「ね?」

「え?」

「聞いたでしょ、って。オドレイさま、アレ狙ってないからね? 普通に、自然に、考えなく、言ったんだからね。一応言っときますが、オドレイさまの追っかけ、ほぼ『筋肉』だからね? シルヴェ―ヌさまみたく『ポエマ―』じゃないから……気を付けてよ」

「き、気を付けるってどうやって……」

「わかんないけど、ひとまず私が順ちゃんのこと『ダ―リン』呼びさえしなきゃ、忘れるかも……」


『誰がダ―リンなんデスか?』


 オドレイさんと入れ替わりに入って来たのは、白い部屋着のノ―スリ―ブワンピ―スに、少しひんやりしているからか薄手のブランケットを肩に掛けたシルさんだった。そう言えば控えめなノックが聞こえた。


(あ……順ちゃん、どうしましょう、完全にアカンやつです。ここからエンドレスで1日ネチネチ言われる未来しか見えない……)

 小声で囁くジェシ―は恐怖のあまりベットの上を後ずさる。しかし―


「ジェシカ。なんであんな事したのデスか……」


「いや、お嬢さま。聞いてください…その今の『ダ―リン』呼びは……ん? ?」

「ソウです! 何でもふたりで逃げてくれないのデスか! 私だけ突き飛ばして……あなたに何かあったら……私。ジュンイチさんが助けてくれなかったら……はっ!! ジュンイチさん!! !! ジェシカを助けてくれたのには感謝シマス!! しかし! 何であんな危ない助け方をするのデス!! そもそも、ジェシカが最初から――」


 オレたちはシルさんのお説教を甘んじて受けることにした。目の淵からぽろぽろと零れ落ちながらのお説教。オレはこんなにも温かな、お説教をされたことがあっただろうか。それは隣で小さくなるジェシ―も同じだろう。


 まぁ、余りにも長いお説教に、最終ジェシ―がキレるのだけど。それはそれでオレたちの日常なんだ。



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