第91話 たぶん気付いてないでしょ。

 パトカ―と救急車で常和台ときわだい高校の前庭はごった返した。元よりいた報道陣を含めればたいへんなものだが、流石にもう騒ぎには慣れた。


 フロウの仲間でワンボックスカ―で、林田の暴走を阻止してくれた人がもっとも重症だ。先ず彼が救急車で運ばれた。


 ジェシ―は意識を回復していたが、まだ朦朧としていた。次の救急車で搬送されることになりそうだ。


 2度の過呼吸を経験したシルさんだが、顔色は回復しつつあった。一国のお姫様であるシルさんに、いつの頃からか遠慮が出来ていた。


 しかし、オレはそのことを何処かで悔いていた。オレは悔いを残さないように彼女に近づき、ぎゅっと抱きしめた。


「ごめんね、シルさん。オレなんか…遠慮してたみたい」

「謝らないでクダサイ。仕方ないことデス。ジュンイチさんは私を巻き込まないようにしてクレタだけ。デモ…寂しい思いはシマシタよ?」


「ごめん」

「ふふっ、冗談デス。またお怪我して」

「ええ…たぶん、今度は腕が折れてるみたいです。でも、まぁ…最後までもったから」


「ジュンイチさんはお強いデス。ジェシカのこと、心から感謝します。デモ…ふたりに何かあったらと思うと……胸が引き裂けそうデス…」

「ごめん…」

「いいえ…私はふたりに守られてばかりデス…」


 その時不意に声を掛けられた。少し低めで、よく通る声だ。

「シルヴェ―ヌ、大事ないか」

「あ、姉上さま!? どうして日本に!?」

「うむ、条約関係の調整でな…貴公がジュンイチ・サイトウか?」

「シルさん…こちらは?」


「あっ…姉上さまです、オドレイ・フォン・フェイュ。私の2つ上の姉デス…間にひとり兄がおります。ラ―スロ公国第二皇女になります」


 そう紹介されたものの、シルさんとは余りに違う外見にオレは戸惑った。


 シルさんは見るからに『ほわっ』とした感じなのに対し、お姉さまオドレイさんは……服からもわかるが軍人さんのようだ。それもあって『キリッ』とした空気を纏っていた。


「はい。オレが斎藤順一です」


「そうか。先日に引き続き此度はシルヴェ―ヌだけではなく、ジェシカまで貴公に助けてもらったようだ。心より感謝する」

「いえ…」

「貴公……その手の物は…ジェシカのデジタル・レイピアではないか」


「はい…ジェシ―から借りました」

「ジェシ―? ジェシカに借りた…借りたといっても他者では使えんだろう」

「姉上さま……それがジュンイチさんはレイピアを起動させ敵を追い払いマシタ」

「起動しただと? ロジェ、そのようなことがあるのか?『ユリウス』が許可したということか?」


「わかりません…ただ、誤作動はありえません。そうなるとメインAI『マザ―・ゾロ』が使用許可を出したかと……」

「それしか考えられんな……ジュンイチ・サイトウ。お前は実に興味深い。後ほど会おう。ジェシカを頼むシルヴェ―ヌは一旦私が保護しよう」


 そう言ってオドレイさんはこの場を後にした。この場を去る前にジェシ―に近づき、言葉を交わしジェシ―の頭を撫で背を向けた。ふたりの関係性がわかる場面だった。


 その後、オレとジェシ―舞美と栞は病院へと運ばれた。幸い舞美と栞はかすり傷程度だった。あの場面に立ち会ってかすり傷だけとは大したものだ。


 それに引き換えやっぱりオレの腕は折れていて、ジェシ―の頭部は精密検査の結果に異常はなかったものの、安静するように言われた。


 オレたちは病院を後にし、ラ―スロ公国の大使館で一時保護されることになった。そこには既に両親と浅倉組の面々が入っていた。


 オレとジェシ―はそれでもラ―スロ公国の大使館内にある医療室で、経過観察されることになった。


 医療室と言っても学校の保健室の延長のような部屋だったが、最低限の機材はあるようだった。


 オレはジェシ―の隣のベットに寝かされ、疲れからあっという間に眠りに落ちていた。そして朝まで目覚めることはなかった。


 次の朝……恐らく次の朝――だろ。記憶が混沌としていた。


 オレは白い壁、白い天井に白いシ―ツの中で目覚めた。点滴スタンドが目に入った…点滴スタンドはあるものの、点滴は掛けられてない。どうやら点滴は終わったようだ。


 朝日が差し込む窓。生成り色のカ―テンからは優しい光が差し込んでいた。まだ夜が明けて1時間と経ってないのだろう。そしてオレは今更ながら視線に気が付いた。


「おはよ。私、君のことなんて呼んだらいいかな? ダ―リンとか照れちゃう?」


 オレはイタズラぽく覗き込んでくるひとりの少女を見た。朝日に透けた金色の髪、アクア・マリンのような瞳。整ったツンとした唇。


「よかった…ジェシ―。無事なんだな」

「そりゃ、君が命懸けで助けてくれたもの。…と、調子に乗ると頭痛いや……へへっ」

 ジェシカさんはこの間デ―トした時と同じで『16歳』な感じだった。不思議と違和感がない。


「君が助けた私だからね、君には私の思いを聞く義務が生じてます」

「義務……?」

「そう。心して聞くこと。私、君に恋しちゃいました」

「オレに…?」


 その時だ。気付かなかった。ベットの周りはカ―テンで仕切られており、その向こうで『ギィ』と椅子の軋む音がした。誰かいるのか? 疑問の余地はない『コツコツ』と床に刻む靴の音がした、


「これは驚いた。お前ほどの女が恋をするとはなぁ」

「え? え〜〜〜!? オドレイさま!? オドレイ閣下〜〜」


 こんなに取り乱して、すっきょんとんな声を出すジェシ―を見るのは初めてだ。声の主は……切れ長の瞳にグレ―の髪。そして身に着けている服は明らかに軍の物だった。


 昨日一瞬だけ会ったシルさんのお姉さんオドレイさんの姿がそこにあった。




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