第85話 もう、ダメみたいですね。
オレは覚悟を決めた瞬間の事を巻き戻していた。黒色の高級外車がまさにオレとジェシ―を轢き裂こうとした刹那――見慣れた白のワンボックスが急発進したんだ。
記憶を辿りながら辛うじて、上半身を起こしたオレは腕の中のジェシ―は気を失っているだけだ。いや……頭を打ってるのか……
それ以外目立ったケガはない。擦り傷や打撲はもちろんあるだろう。ジェシ―が身を挺して守ったシルさんは、ショックのあまり過呼吸を起こしていた。
オレは手のひらでシルさんの口元を押さえた。そして呼吸をゆっくりするように、そっと背中を擦った。いや摩ろうとしたがうまく腕が上がらない。二の腕辺りに痛みが走る……折れたのか? わからないが間違いないだろう。オレは背中を摩るのを諦め、シルさんの口元を押さえながらシルさんの目を見た。
「シルさん、いい? ジェシ―は気を失ってるだけ。脳震盪かも。それ以外のケガはたいしたことない。だからしっかりして。それより今は、ゆっくり息を吐いて…そう、1から10数えながら…急に息を吸わないこと、いい? そう…ゆっくり……」
シルさんはオレの目を見ながら、何回も頷きオレが言う通り呼吸した。真っ青だった顔色はほんの少しだけ、マシになった。オレはシルさんに断わり、倒れたままのジェシ―を運びに行った。抱きかかえようとして、左腕が使い物にならないことに改めて気付き座り込んだ
オレはこの時ようやく、ぐしゃぐしゃになった見覚えのあるワンボックス――『浅倉組』のワンボックスのを見た……運転したのは、浅倉さんじゃない。さっき校舎の陰にいた。すぐ側にスズさんの姿もあった。短時間でここまでは来れない……ワンボックスの運転席はぐしゃぐしゃだ。
クルマを運転できる仲間でゲンさん確認出来てない。
まさか、そんな……ゲンさんなのか……いや、待ってくれ、そんか――だって、ゲンさんは――言ってたよな、お小遣いをあげないと喋ってくれない大学生の娘さんと息子さんが……待ってくれ、そんな…待って――ダメだって……
オレは這いつくばるように『浅倉組』のワンボックスの運転席に閉じ込められたゲンさんの元に行こうとした。行こうとして気付いた。耳元で大声を出す人に。聴力はまだぼやけている、でも、そんのこと気にしてる場合じゃない。
そう、そんなのどうでもよかった。ゲンさんは――そう思った瞬間、視界に入ったのはオレに肩を貸してくれているのがゲンさんだった。
「斉藤君、大丈夫か!!」
あ……ゲンさんだ、よかった無事で。ホントに……よかった…
オレはゲンさんに協力してもらいジェシ―をシルさんのところまで運んだ。相変わらず聴力がない。少しずつ回復はしているが…。
□□□□
「もう、ダメみたいですよ?」
白い水蒸気が立ち込める元高級外国車の助手席で、事務長は淡々と口にしたのは運転席でエアバックの残骸に埋まる林田にだ。
「車って何でも事故の時ハンドルが刺さらない設計だとか。では何が林田くんの腹に刺さってんでしょうか?」
息も絶え絶えの人間に話す口調ではない。確かに事務長の言う通り、何かが林田の腹に刺さり、貫通している。よく見ればわかるが、正面玄関の階段の手すりがガラスを突き破り致命傷を与えていた。
「うん……残念です。林田くんにはもう少し活躍を期待してたのに……ここまでですね。ひとりくらい巻き添えにして貰わないと、華がないじゃないですか。残念です。あなたは見どころがあった。ここは苦しまないようにとどめを刺してあげましょうか…」
そう言って木製のハンドルの『飛び出しナイフ』を懐から出した。ぼやける視界で林田は助手席の事務長を見た。
(なんだよ……無傷じゃねえか……シ―トベルトか……悪運強えぇなぁ……)
林田は砂嵐のような視界から、あと数分の命と理解した。そして事務長が自分にとどめを刺そうとしてるのも理解した。
「自分で……ヤル」
残された力を振り絞って最後に近い言葉を綴る。
「そうですか……意地を張らなくとも……仕方ありませんね。サ―ビスで握らせてあげます」
そう言って事務長は『飛び出しナイフ』の刃を出し、手つきですら怪しくなった林田の手にナイフを握らせた――林田は窓の外を見て――
「やべえ……斎藤が来たぜ」
おぼつかなかったはずの手先だが、事務長に握らせてもらったナイフを素早く逆手に持ち直した。
「えっ、どこですか!?」
「ふっ……ウソだよ、よいしょっと」
『ぶっち……』
「うぅ……え?……なにをするんです、林田くん……」
「何を? 見てわかんねえかなぁ……冥途の土産に『切り落として』やったんだよ、諸悪の根源の……アンタの局部をな…」
「何を……何を言ってるんです!! は、早く手当てしなきゃ『出来なくなる』じゃないですか!!」
そう言って鮮血に染まる下半身で車外に出ようと助手席にドアノブをガタガタさせるが開かない。しかも、事務長を大けがから守ったハズのシ―トベルトも外れない。
「開くわけないでしょ、衝突の衝撃で歪んでんだから……シ―トベルトは……知らねぇ……悪運の終わりなんだろ。それよりどうですか。最後の一服付き合いなよ……」
林田は胸ポケットから煙草とライタ―を取り出していた。
「バカですか!! こんなガソリンが充満する車内でライタ―なんて!! 私は降りて……手当して貰わないと……このシ―トベルト外れないですね……タバコはその後に……」
「アンタもバカだな……誰が性犯罪者の租チンなんざぁ、縫合するね? アンタはここで俺と焼け死ぬの……まぁ、オレはもう意識ないけどな……アンタは股間押さえながら苦しんで燃えな……」
(斎藤君……俺の人生はつまんないもんだったよ……あぁ…せめて来世なんてなきゃいいが……まぁ、事務長連れてくわ……)
『シュボ……』
一瞬にして林田クルマは爆炎に包まれた。それからしばらく事務長と思われる断末魔の叫びが周囲にこだました。
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