第86話 『デジタル・レイピア』

 林田の黒塗りの高級車から火柱が上がった。


 ゲンさんの手助けでシルさんとジェシ―を安全圏に移動していた後だ。ジェシ―は意識を回復したものの、もうろうとしていた。頭をぶつけたせいだ。気を失ったのはやっぱり、脳震盪のうしんとうか何かのようだ。


 爆炎の上がる林田のクルマと、事務長らしき叫び声で一連の騒動の終わりを誰もが感じていた。後はシルさんとジェシ―ふたりを収容する救急車を待つのみだ。いや、オレも病院だな……抜糸できたかと思えば今度はギブスらしい。


 不意にシルさんが青ざめた顔で震えだした。一息つきかけたオレを不安にさせる。フラッシュバックみたいなものか。怖い思いをしたんだ、無理もない。


(シルさんまた、過呼吸か)


 振るえる指先が指示さししめした場所は、燃えさかる林田のクルマ。炎に怯えたのか。一瞬そう思い掛けたオレの視界。そこには炎が燃え移った『浅倉組』のワンボックス。


 そして後部座席のスライドドアが開き、ふたりの人影が現れた。


 いや、ふたつの影に肩を抱えられた姿。合計3人が炎が燃え移りつつある『浅倉組』ワンボックスから出て来た。オレは忘れていた。ゲンさんが犠牲になってオレたちを助けてくれたと思っていたが、ゲンさんは無事だ。


 じゃあ、し、暴走する林田のクルマの間に入って助けてくれたのか、考えるのを忘れていた。オレはぼんやりした目でその3人の姿を追った。その塊はゆっくりとした動きで、こちらを目指しているのがわかる。


 どうしたんだ……


 その塊を見た途端、シルさんの呼吸に乱れがいや、それだけではない。あるじの急変を目の当たりにした。ジェシ―は主であるシルさんが指さす先。震えて指し示す者を見て息を呑んだ。


 そう同じように震えながら。


 気を失っていた。もしかしたら脳震盪のうしんとうだったのかも知れない。そんな、まだうまく動かない体を、壁を支えにジェシ―は無理に立ち上がろうとする。額から脂汗がポタリ、ポタリと地面に落ちた。ただ事ではない。


「ジェシ―、どうかしたか」


「順ちゃ……お願い、お嬢様と逃げて…」

「逃げ…だから、どうしたんだ、アイツら誰なんだ」


「中友連邦のエ―ジェント『うみねこ』…

「えっあの時オレが……」


 バス停からシルさんを連れ去ろうとした3人組!?


 まさか、このタイミングでしようと…してるのか? だから、ジェシ―は動かない体に鞭打って、立ち向かおうと? オレに逃げろと?


(冗談じゃない、ここまで来て仲間外れなんて)


 まっぴらごめんだ。


「下がってろ」

 オレはジェシ―の前に立ち、背中を向けた。左腕は上げることも出来ない。そもそも、あの時。バス停で無傷の状態でも適わなかった相手にこんなボロボロで立ち向かったところで。


 でも、そんな正論はいい。ここまで来てシルさんが。誰かが拉致されるなんて、冗談じゃない。


 しかし、相手に手負い1名がいるとは言え、オレだってそこそこのケガ人だ。いくら何でも丸腰ではどうにもならない、何かないか。今のオレにでも使えそうな武器、角材か棒切れか、ないよりマシだ。しかし、目ぼしい物はない。


「ジェシ―何か、武器になりそうな物はないか」

「武器『』しか」


「『デジタル・レイピア』?  その腰のか? 貸してくれ」

 オレはジェシ―から奪い取る勢いで、筒状のグリップに手を掛けた。


 □□□□


 しまった。


 私は迂闊にも唯一の武器を『順ちゃん』こと『斎藤順一』君に抜き取られた。頭を打って意識が朦朧もうろうとするしてることなんて、言い訳にならない。私の『デジタル・レイピア』は使


 いや、正確に言えば使


 私、ジェシカ・ロレンツィオ自身の生体認証がなければ、ただの『グリップ』に過ぎない。一般の『刃』にあたる『デジタル・ブレイド』さえ出せない。この小さな『グリップ』には『第1世代対人戦闘支援AI』が搭載されている。


 従来の役目である対人戦闘支援と、使用者が何らかの理由で『デジタル・レイピア』奪われた場合、敵対者に使用できないようAIが管理していた。そして必要に応じAIの判断で『自己崩壊』シ―ケンスが発動される。


 今回の場合、味方に奪われた、もしくは使用されそうになっていると『第1世代AI』は判断する。このケ―スは単に適合する使用者でないと処理されるだけで『自己崩壊』シ―ケンスは開始されない。


 しかし、そうなると今この時点で唯一ある武器が、使えないことを意味した。いや、もしかしてら私が使用しようとしても、私の体の状況から『セーフティー・ロック』が掛かって使用できない、もしくは最低限体に負担が掛からない程度の強さで『ブレイド』使用可能になる。


 それ程に対人戦闘支援AIは使用者の中に入り込んでいるのだ。なので、間違えても『順ちゃん』こと『斎藤順一』君に使用できるはずがないのだ。


(いや『デジタル・レイピア』所持者というだけで中友連邦のエ―ジェントなら退く可能性もある。それ程の戦闘力なのだ)


 しかし、驚いたのは中友連邦の『うみねこ』ではなく私だ。


 順ちゃんが『グリップ』部分にある生体認証をスキャンするセンサ―に指で触れた。発動するはずのない『第1世代対人戦闘支援AI』が難なく起動した。その証拠に『グリップ』だけだった『デジタル・レイピア』の『ナックル・ガ―ド』が順ちゃんの手の甲を包み始めた。


(何が起こるの)

 私は固唾をのんで見守った。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る