第83話 悪足搔き。

 常和台ときわだい高に程近い路肩に停められた黒塗りのリムジン。ハザ―ドランプが点灯されていた。交通量は至って少ない、幹線道路を数本中に入った住宅地なのだ。


 こんなものだろう。そんな住宅地に黒塗りのリムジンは目立つ。男はバックミラ―越しに後部座席を見る。


「如何されますか、姫さま」

「うん……姫さまは止せ……いい歳だ。照れるだろう」

「では


「別に構わぬがロジェ・ル・ロワ…お前には『姫さま』と『閣下』の中間的な呼び方はないのか。前から言っておろう……

「では……オドレイさま」


「ふぅ……硬いのう…まあ良いがな……しばし様子を見よう。我らが動けば『うみねこ』も動きかねない。追い詰めてはならぬ。暴発せずに退くならばよし、そうでなけらば……」


 オドレイはグレイの軍服の腰に差された『デジタル・レイピア』に手を添えた。


 彼女はオドレイ・フォン・フェイュ。ラ―スロ公国第二皇女であり、シルヴェ―ヌの姉にあたる。ラ―スロ公国きっての武闘派であり、ラ―スロ公国第七強襲部隊軍団長。


 そんな彼女が極秘裏に来日を果たしていた。この事実は極小数の関係者しか知らない。シルヴェ―ヌやジェシカさえ……今は知らない。


 □□□□

 常和台ときわだい高―前庭。やれることをやった。面々の顔には笑みが溢れている――ハズだった……


「プイッ! プイプイ!」


 何故か久しぶりの再会のはずのシルさんがほっぺたを膨らませている。拗ねているように、見えなくもない。オレは恐る恐る、ジェシカさんこと、ジェシ―に尋ねた。


…シルさん、どうしたんだろ?」

「わかんな〜い。こんなもんですよ、お天気屋だし……いつも。気にしないこと! ね?


!! なんで『』なんデスか! なんで私を差し置いて『』なんですか!」


 オレはジェシ―と顔を見合わせた。


「ね? 面倒くさい娘でしょ?」

「うん…噂で聞いてた…」


「ジュンイチさん! それは噂ではアリません! ジェシカの陰口です! 惑わされないでクダサイ! それよりいつ、お二人はそんな…なかよしになったのデスか! ちょ! ジェシカ、まだお話の途中デス! 引っ張らないで―」


 シルさんはジェシ―に連れられ少し離れた場所に撤収した。誤解があるようだが、それはこれから解いていけばいい。止まっていた時間は動き始めたのだから。


 オレは少し離れた階段の上でポツンと座る舞美の隣に座った。体育館で舞美の睨みつける視線に、珍しくイラッときた。そのことを流石に妹なので気が付いていた。


 オレは何となく手ぶらではちょっとな気分。なのでスポ―ツ飲料を自販機で買って舞美に手渡していた。舞美はスポ―ツ飲料の缶をじっと見ていた。


「水分補給しろよ、泣いたんだろ、だいぶん」

「あぁ…それでスポ―ツドリンクなんだ……あのね…私…」


「うん」

「ごめんなさい」


?」

「うぅ…意地が悪い。わかってるでしょ? 睨んだのゴメンって…謝ってるの、許してよぉ…」


「別に…?」


「あぁ…今それ言うんだ……せっかく仲よくなったのに…」


「それはお前が悪い、あとケンカしたら仲なおり。それと、オレにも感情がある。前みたいに『事なかれ主義』だとストレスが溜まる」


「ストレス溜まってたんだ……そらそうか。うん…ごめ…ありがと。仲なおりって思っていいんだね――」


 オレは軽く頷いた。仲なおりして安心したのか、舞美はスポ―ツ飲料をイッキに飲んて肩にもたれた。


 人前なんだけど? つい最近までオレのこと、生ゴミ見る目だったろ? 今、お前『生ゴミ』の肩にもたれてんだけど? まぁ、悪い気はしない。


 そして、もうひとり。浅倉さんが校舎の陰からずっとチラ見してる。浅倉さんにもイラッとした。オレだって『三下扱い』されたら腹も立つ。実のところは、舞美より浅倉さんの方に腹がたった。理由ははっきりしないが。


 隠れてるつもりなんだろが、スズさんがそんな浅倉さんを見て、手を打って爆笑してるから、まったく隠れたことになってない。


(順兄ぃ……私許してもらったでしょ? だから…ね?)

(えっ? お前と同じ扱いしなきゃなの? 年上だぜ? ちゃんとごめんなさいしないと)


っているでしょ? お願い、変なわだかまり作ってほしくない)


 オレは軽いため息と、それなりの舌打ちをし、校舎の陰に見えるように隠れる年上女子の所に行こうとした。


 いや、そもそも『こうなるなら』あんな超絶上からの目線しなきゃいいだろ? 大体なに人の妹に気使わしてんだって話。偉そうに普段してんなら、こういうとき自分からだろ?


 などと、柄にもなく『ぷりぷり』モ―ドなオレだった。考えるまでもなく、こんな事を思える余裕が出来たってことなんだけど……それもこれも浅倉さんの協力があったればこそな所はある。


 まさにそんなことを考えている時だった。ほんの少し忘れかけていた日常を感じた矢先――校門の外からアスファルトの悲鳴を掻き立てながら、前庭に流れ込む黒い高級外車――


 その轟音に慌てた報道陣は小走りで身を交わす。間に合わなかった三脚がカメラごと宙を舞う。


 林田のクルマだ。クルマはブレ―キを踏む気配が全く無い。オレはクルマの軌道を先読みした。


 その先には――シルさんとジェシ―が。このまま進めばクルマの軌道にふたりが重なる。


 □□□□

「事務長、覚悟いいですか? ひとりやふたり、巻き沿い喰らわしますが」


「この際です、構いませんよ。ただ、確実に仕留めてくださいよ、本人じゃなくて構いません、いえ……その方が堪えるでしょう……斎藤順一かれには」


 狂気に支配されたふたりの破滅願望と共に、漆黒の外国車は猛スピ―ドで突進を仕掛けた。


 もう、引き返すことの出来ないところまでふたりは足を踏み入れたのだった。


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