第80話 静かで確実な怒り。

「ジェシカさん、私なら…大丈夫です、私―我慢出来ます、まだ私…何にも頑張れてないです……舞美ちゃんみたく、私…なりたいです、私頑張りたい……だから私が撮られてるとこ……流してください」


「三崎さん……」

 三崎栞は事務長派3人を1人残らず常和台ときわだい高から排除するつもりだ。それは彼女が思いを寄せる斉藤順一も変わらない。


 栞は順一を観察し続けた。観察し続けたからわかる。順一は自分の為に何ひとつ労を厭わなかった。もっと簡単な道が彼にはあったはずなのに。


 彼だけが常和台ときわだいに戻るだけなら、古堂ふるどう校長の謝罪を受け入れるだけでよかった。それでも、そんな道を彼は選ばなかった。


 事務長派のひとりでも、常和台ときわだいに残ることがあるなら、三崎栞の高校生活は黒く塗り潰されるからだ。そうさせないために、順一は労を厭わない。


 栞にとってそれは『自己犠牲』より尊いものだった。彼は誰ひとりとして我慢させたくなかった。そのために少しくらい多くの汗をかいたとしても、構わなかった。


(私なんて、ただのスト―カ―だったのに……)


「実は…私怖くて見れてないです。でも、ジェシカさん。私平気です、下着くらい、下着姿ぐらいでこの先…常和台ときわだいで同じ思いする娘が出ないなら、これくらいで―私の我慢で3人を追い出せる証拠になるなら……」


「そ、!! 絶対に、嫌!! 、私に嫌ァです!! 栞ちゃんの、そんな着替えてるところ勝手に撮ったの、いくら証拠になるからって!! 私は―許さない、絶対に!!」


 体育館。割れんばかりの大音声。そして彼女の、舞美の心を表すかのように、鳴り響くハウリング。その声を栞はインカム越しに聞いていた。


「舞美ちゃん…私は、平気ですから」

! ジェシカさん、シルちゃん! お願いです! 栞ちゃんが、だって! だって……栞ちゃんは私の…!! だから、だから、絶対誰にも栞ちゃんの下着姿見られたくない!!」


 しゃくりあげながらも、舞美は断固として引かない。それが栞本人の決断だったとしても――間違った決断は間違った答えしか導き出さない。


 舞美は、そんな回りくどい考え方ではないが、思いとしてはそうだ。そして思いのすべてを吐き出した舞美は壇上で座り込んだ。


 舞美は人目をはばかることなく、泣いた。泣きながら、まだ別の方法があるはず、きっと『順兄ぃ』なら見つけてくれるはず。そう信じながらも考えることを諦めなかった。


 栞の思い、必ず3人をつまみ出して、2度と同じ事が起きないようにする方法があるはずだと。そんな舞美の耳に、インカムからそしてモニタ―から間延びした声が届いた。


 □□□□

。おまえさぁ…なに勝手に決めてんの? 真に受けるだろ? 頼むよ、ったく…」


「順兄ぃ! 間に合った!?」


「間に合った、間に合った、! お前が必死こいて作った時間だかんな。間に合わないとな」


「斉藤君、なんでさぁ…なんで来たの。私もう少しで覚悟が決めれたのに……斉藤君の顔見たら無理! 無理です! 斉藤君以外に見られたくないです! 私…弱虫なんですよ、泣き虫だし…でもまだ…」


「そうか? 十分だけどな。少なくともオレ以外に下着姿見られなかっただけで」


「もう、何なんですか! 兄妹揃って私を泣かせて! 楽しいですか? 変な顔になっちゃうじゃないですか〜責任取ってくださいよ〜〜」


 栞は号泣しながらオレの胸に顔を埋めた。肩先が小刻みに震えている。仕方ない、それ程怖かったのだ。強がって見せても怖いものは怖い。


 オレは栞の背中を擦りながら、インカムで古堂ふるどう校長にすべてを託した。信頼して構わないだろう。おれは久しぶりに会うシルさんに、栞の背を擦りながら手を振った。


 それを見たジェシ―はプイッとそっぽ向く……あれ?


 □□□□

「斎藤の妹さん」

 壇上を降り、浅倉とスズにハグされていた舞美は見知らぬ男子生徒に声を掛けられた。ガッチリとした体格に日焼けした肌。順一よりひと回り大きなガタイをしていた。


「君、だれ?」

 まだしゃくりあげてうまく話せない舞美に代わりに浅倉が対応する。


「おれは、その――マイク貸してほしくて」

「マイク? はい。これでいいの?」

「はい、ありがとうございます」


 体格のいい男子生徒は3人に背を向け、マイクで話しだした。


「自分は――男子サッカ―部3年キャプテンの谷口です。自分は今日、この時をもってサッカ―部を退部します」


 そう言ってマイクのスイッチを切った。何を言ってるのかわからなかった生徒たちだが、すぐにわかることになる。

「僕はを副キャプテンの辻です。同じく退部します」

「2年近藤です。辞めます」

「オレも」

「同じく」……


 そしてサッカ―部キャプテンの谷口は、壇上の古堂ふるとう校長に宣言した。


「以上、男子サッカ―部42名、全員退部します! 部員ゼロにつき、常和台ときわだい高サッカ―部の廃部申請をします。廃部になりましたので、自分はと考えます!」


 そう、監督の成宮と絶縁宣言を全校生徒の前でやってのけた。これは皮切りにしか過ぎない。この後、全運動部、全文化部そして生徒会までもが解散を宣言した。


 その日の夕刊には『常和台ときわだい高生による静かで確実な怒り』と表現された。人任せで無関心な時間は終わりを告げた。















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