第79話 私……ツライです。
「わぉ…ジャパニ―ズ・盗撮疑惑ですか!? しかし、しかし、いくらなんでも平穏なハズの学園に盗撮などありえマセン!! これはまさに、今取り返しのつかない冤罪を生もうとしてるのでは!?」
「そんなワケでは私共のまぁまぁ中くらいに優秀ちゅうたら、優秀かもなスタッフに鑑定してもらうことにシマス! まぁまぁなジェシカさん、どぞ!」
あ……ホントだ。ジェシカさんが言ってた通り、何だかシルさんの面倒くさそうな一面が…しかも、見たことないキラキラ・スマイルだ。そしてジェシカさんは舌打ちと共に登場した。
オリ―ブ・カラ―のツナギ。閉まりきらない胸元のファスナ―。どんだけ攻撃的なサイズなんだ!? そして不機嫌な顔で登場したジェシカさんだが、ひそひそ声で呟いた。
「ねぇ? 順ちゃん。イヤな子でしょ?」
いや…テレビ越しにささやく意味がわかりません。そうせずに居られない気持はわかるが……しかし、ジェシカさんは何もなかった顔して白い手袋をして、設置されたビデオカメラを手にする。
これは以前、ゲンさんとスズさんがこっそり侵入した際に回収していたビデオカメラだった。使い道を浅倉さんが栞に一任していた。栞はしばらく悩んでいた。
警察に相談しょうかとも思っていたが、ビデオカメラの入手の経緯など、若干厄介ではあったことと、折角手にした物証を人任せにして、活かせない可能性を削った。
効果的なカ―ドは、効果を最大限発揮できる時に使うべきで、使い終わった後に警察に任せても遅くはないと、栞は判断した。そしてそれが今だ。
不貞腐れて登場したものの、ジェシカさんの眼差しは真剣だ。このビデオのことは話には知っていたが、目にするのは初めてのジェシカさん。だけど、見る見るうちに表情が曇った。
「結論から言いますと……盗撮ですね」
「―というと、明らかな証拠がアルのデスか?」
「明らかな証拠といいますか…明らかにある『角度』を狙ってます」
「ある『角度』デスか? それはどんな角度なんでしょうカ?」
「言いにくいですが……三崎さんのロッカ―が映り込むように…つまり、三崎さんを標的にしてます……その実際に映ってます、三崎さんのお着替えとか…その…」
ジェシカさんの言葉が濁る『言いにくい』と言葉にしているが、栞が可愛そうで『言いにくい』というより、怒りのあまり言葉を失って『言いにくい…』ように見えた。
そうか。ジェシカさん…ジェシ―にとっては栞は最早仲間で仲間が盗撮被害にあった事実に、言葉を失い、怒りに声を震わせているんだ……
なんだよ、ク―ル・ガ―ルじゃないのかよ、どついもこいつも、熱苦しいなぁ……嫌いじゃないけど、そういうの。
「こういうのって、設置する時に録画ボタン押すんだと思います」
「ジェシカ、それはつまり?」
「はい。犯人が映ってるハズです……」
しばしの沈黙の後……映像の巻き戻しの時間が、永遠のように感じられた。そして巨大モニタ―に映し出されたのは、シルさんの嫌悪に溢れた表情とジェシカさん、ジェシ―怒りを噛みしめる奥歯の音。
壇上の舞美は悔しさを隠さず、溢れ出た涙を拭おうともしない。慌てて壇上に向かおうとするオレに舞美は『キッ』と睨みつけた。
(今は私じゃないでしょう!!)
舞美の心の声が聞こえた気がした。いや、聞こえたんだ。舞美は確かに心のなかでそう叫んだ。
オレは隠し持っていたインカムを装着して、ジェシカさんに話し掛けた。
「ジェシ―。聞こえるか?」
「あ…うん。聞こえる……冒頭部分だけモニタ―に? うん、出来る。待ってて、順ちゃん」
そして体育館に集まった全校生徒と教職員の前で、初めて映像として事務長派の盗撮を準備する現場が映し出された。
そこにはビデオカメラを設置する林田の姿、位置の微調整を指示する
決定的な映像。そして決定的な盗撮の証拠を
不思議とざわめきは起きなかった。
オレも実は同じなのだが、オレが同じように言葉を、行動を、見失うことを許す浅倉さんではなかった。歯を食いしばり、胸の前で組まれた腕。目の淵に浮かべた涙。
(アンタ、何時まで突っ立つてんの!)
そう言わんばかりに、顎で指示された。ここに何時までいるつもり? と。
おい、なんなんだよ。
オレだって何も感じてないわけじゃない、いや誰かに何か指示されないと動けないとか、まさか本気で思ってんのか?
冗談じゃない。オレは誰も座ってない椅子を誰もいない壁に蹴り飛ばした。静まり返った体育館に、乾いた音が鳴り響く。
オレは浅倉さんを睨み返した。そして壇上の舞美もだ。おまえら、オレが誰かに指示されないと動けないヤツだと、思ってないか?
一触即発。そんな空気を浅倉さんと、舞美に対してオレは持った。仲間だからって、妹だからってナメてんじゃねえよ。
悪いがオレは栞に寄り添うためだけに、今日この場に立ってんだ。指示されるためじゃねえ、そう叫びかけたオレに、この空間にいるすべてに林田は狂ったように吠えた。
「だからなんだってんだ!? ビデオカメラを置いただけ!! 何が決定的な盗撮の証拠だよ!! なんにも映ってないじゃないか! 映ってる証拠見せてみろよ! 全校生の前で!! 全国ネットの前で!!」
発狂したか? 体育館に起きたざわめきは林田の発狂説を口にした。しかしオレは林田もそのざわめきも、滑稽でたまらない。林田は発狂したのは今じゃない。もっともっと前からだ――狂ってるんだ。
可笑しすぎて、オレは拍手をした。飽きるほどに。そして――
「心配するな、林田。お前はキッチリオレが屠るから」
オレの言葉を聞いた栞はインカム越しにオレに告げた。
「斉藤君。私なら大丈夫です…私…覚悟してますから……証拠にできるなら…でも、斉藤君以外に見られるのツライ……です」
栞の心の、魂の、叫びが聞こえないほど、オレは呑気者じゃないんだ。オレはゆっくりと、体育館を後にした。オレの意志で。
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