第78話 行け、わたし!
薄暗い女子弓道部の部室。茶色を基調にした少し手狭な室内の照明に栞は手を伸ばすと、落ち着いた佇まい。
――部室というより、更衣室の役割が強く木製のロッカ―が並び、収納を兼ねた開閉出来るベンチが、壁に沿って設置されていた。
武道部特有の引き締まった空気があり、私物が散乱することなどないように思えた。栞は記憶にある木の匂いに、入学して日が浅いものの、この手狭な更衣室で順一の部活が終わるまで時間を潰していた頃を思い出していた。
(私……ちゃんと片思いしてたんだ)
中学。初めて出会って殆ど言葉を交わすことなく、只々甘い恋心を抱きながら順一を追って入学した
(それだけなのに……)
栞の甘い恋心につけ込んできた、事務長派。明るく温厚な栞とて嫌悪感の1つやふたつある。順一を慕う想いを逆手に取られた。順一の無実を証明しようと言われるままに渡した『バス停での動画』しかし、結果は栞の動画は雑に加工され拡散された。そしてその加工は栞がしたと、順一にバラすと無実の罪で脅され、体を要求された。
汚い大人――栞は潔癖症ではない。なので、大人すべてが『汚い』とは思ってない。逆に大人手前の自分たちが『きれい』とも考えてない。それでもあまりにも、事務長派の『手慣れた感』
(自分は脅された。斉藤君への想い―恋心。事実ではないのに『動画を加工したのは栞だと』バラされたくなかったら……言うことをきけ)
今思えば、信じられない位に追い詰められていた。ホントの意味で『手慣れていた』脅しも、駆け引きも。そして自分自身、どこかで、疲れていた。
(事務長の言うことをきけば、楽かも。黙っててくれるかも…)
栞は恥じていた。恋心が伝えられずに順一をスト―キングする日々に。だから余計に脅しに屈しかけた。それでも栞は恋心を、自分が想いを寄せた順一を信じてみたかった。
紙一重だった。もしどこかで意中の順一を信じきれてなかったら、今頃は…順一に想いを寄せることすら、汚らわしい自分になっていた。体で解決してしまっていた。
栞は心から感謝をしていた。受け入れてくれた時の順一にもだし、受け入れられた後に残る『じゅぐじゅぐ』した痛み――『ヤラれていたかも…』それを思うと栞は血の気が引く。
実際は経験してなくても、苦しみがないわけではない。その心の痛み『
栞は理解していた。もし、自分が順一の側に存在していなければ、きっとここまで彼が物事を荒立てることはなかったろうと。
きっと普通に復学をし、また忙しく部活に勤しむ日々を送っていただろうことを。
栞には後悔はない。愛して止まない男子が自分の為に、平坦な道を選ばなかったことに、身震いするほど恋に浸ることはあっても、後悔はない。
そして自分の為に平凡な日常を選ばなかった男子を後悔させない、覚悟がある。
(絶対に思わせてやりますとも、思わせて続けてやりますとも!)
栞を、自分を側に置くことを選んだ判断が間違いではなかったと。側に置いてよかったと誇りに思える日々で、順一の人生を埋め尽くしてやると。
(行け―! 私!!)
栞は自ら自分の心のスイッチを押した。目の前にいる異国の美しい姫に、自分の意中の男子が恋心を抱いているかも。
そんなチクリとした痛みは、もちろんある。でも、栞にはそんな痛みが追いついてこれないほどの速さで、彼の期待に、思いに応える準備があった。
□□□□
「ではこちらでお着替えをするのデスか、栞ちゃんたちは」
ほうほう、なるほど。みたいな顔する主シルヴェ―ヌの呑気な眼差しに、ジェシカは『口をへの字』にしながらも、いつものことか。もう普通に名前呼んでんじゃん…そう思うものの。
(そう! いつものことだ!)
そう思うことにした。別に『仕込み』だとバレたところで悪事をさらけ出せればいいだけ。ジェシカは口出しせずここは『天然ツ―プラトン』に任せることにした。
「やっぱり、お着替えはバサッとやる感じデスカ? わたくし、よく知らないのですが弓道着の下はブラとショ―ツなのですカ?」
「シルちゃん、それです! それ結構聞かれます! 実は上はインナ―着てます! 半袖の。下も私はショ―トパンツ履いてるわけです!」
「じゃあ、お着替えはそんなに恥ずかしいワケではないデスカ」
「いえ、それは私とて年頃ですから…それなりに周りが同性でも、恥ずかしいちゃ、恥ずかしいです。なんでですか?」
「えっ? いえ、今気付いたのデスが……更衣室に変だなぁとは思うのデス…防犯カメラが設置されてますから『映ってもいい』位のお着替えかと…」
「え? カメラ?」
「ほら…」
「えっ? え…っ? え〜〜〜っ!? うそ! えっ!? 知らないです! 知らなかったです!! 絶対におかしいです! こんなところにカメラなんて!!」
そして栞はひと息ついてカメラ目線でリポ―トをする。
「皆さん、どうしましょ…ラ―スロ公国のシルちゃんに『日本の
体育館の2基の巨大モニタ―。その画面いっぱいに映し出された栞の真剣な表情。
そして、生唾を呑みながら栞は体育館の生徒に、教師に問いかける。
『これって、盗撮なのでは!? どうしょ!?』
体育館は静まり返った。誰も彼も言葉を失ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます