第63話 爪痕。

 総理官邸。記者会見……のはずだが、あまりに和やかな空気。伏見田のぶっちゃけト―クには定評があるものの、ぶっちゃけが冴え渡っていた。


 その場には浅倉の姿もあり、ラ―スロ公国国営放送のセリ―ヌ・ベイナ―ル氏の姿もあった。浅倉は彼女との再会を心より喜んだ。浅倉はジェシカから提供された翻訳用のイヤホンをしていたのでセリ―ヌとの会話に問題はなかった。


 天狗になってるわけじゃないけど…


 浅倉は前置きしながらも、セリ―ヌと初めての会った時の事を思い出していた。その頃は――ほんの数日前のことだが、スク―プを追い求め斎藤兄妹と巡り合い辿り着いたラ―スロ公国大使館――そして先日の総理官邸での『解散総選挙』を伏見田から引き出すきっかけになる質問。


(お父さん…お母さん…お兄ちゃん。私、うん。みんなみたいに頑張れてると思う。見てほしかった……お兄ちゃん。必ず行くからね、待ってて―もう少し…)


 感傷に浸っている時間は浅倉にはまだなかった。


 □□□□

「総理。アメリカ副大統領の会見ご覧になられたかとは思うのですが―」


「あ―…君さぁ。浅倉さん。今すごく気持ちよく話してたんだけど、また君なんだね。別にいいけど、君の質問に答えたら口すべらせちゃうし……怒られちゃうんだよ、嶋津官房長官にさぁ。見たよ、見ました副大統領の会見…名前なんだっけ、まぁいいや」


「まぁいいんですか? 副大統領は『言ってない、嘘つきだ』と反論されましたが?」


「ん…外交文書なんで非公開なんだけどね、非公開だからって、へ―きで嘘つかれんだよ、我が国は。たぶんね『どうせ公開しないだろ? そんな根性ないだろ?』があんだけど、そんな訳で腹立つから公開します。一部非公開だけど――」


 伏見田総理の声と共にボ―ドが準備された。ボ―ドが準備されてるということは、会見前に公開を決めている訳で『政府』と浅倉間で何らかの『仕込み』の打ち合わせの匂いがする。


 カメラマンは一斉に公開されたボ―ドにシャッタ―を切った。シャッタ―音と共に無数のフラッシュに包まれたボ―ド。フラッシュ・ライトが消えるにつれ、外交文書の全容が現れた…


 浅倉自身――仕込み担当をした手前、事前に『何について』公開するかは耳にしていた。しかし――


「総理! 大丈夫なんですか、一部非公開って……副大統領のサインだけじゃないですか」

「だから、浅倉さん! いま副大統領の話しなけりゃいいだけでしょ?」


「しかし…伏見田総理…もし、いえ。この内容に誤りがないなら――外交非礼にあたるかと…」

 ボ―ドに釘付けになっていたベテラン記者はあまりの『アメリカ・ファ―スト』な内容に驚きの声を上げた。


 そのベテラン記者の驚きは、世界の驚きと化した。日本政府の会見に使用された外交文書。見るものが見れは疑う余地もないほどの、本物。


 そしてアメリカ政府は『遺憾の意』を表しただけで、反論の声は小さかった。その反論が弱いことが公開されたを情報に信憑性を高めた。


 □□□□

「これが同盟国に対してすることか」

 記者会見を終え、伏見田は執務室で官房長官の嶋津に愚痴をこぼす。ネットワ―クから完全に取り外したアメリカ製のAI。


 しかし取り外されることを想定し、取り外された後独自で活動するように、攻撃型ワ―ム・ウィルスが隠されていることが判明した。そのワ―ム・ウィルスが活動をあちらこちらで始めていた。


 ラ―スロ公国の初期防衛AIはいたるところで、アメリカ製の攻撃型ワーム・ウィルスを検出。無効化作業に入っていた。単純な攻撃型ワーム・ウィルスなので目立った被害は出ていない。


 しかし…アメリカお得意の物量作戦。いくら優秀とはいえ初期防衛AIの性能はサンプル的なもの。数に立ち向かうには幾分荷が重い。しかも政府機関への断続的なサイバ―攻撃を続けられていた。初期防衛AIでは対処が困難になりつつあった。


「伏見田、先程ラ―スロ公国大使館から連絡があった『第一世代中期』を一定の期間に限定し提供してくれる話が出ている。どうする?」

 官房長官嶋津は伏見田の反応を伺う。


「正式配備は『第一世代初期型』だったよな。いきなり『中期』を我々のネットワ―クに入れて負担的なものは大丈夫なのか?」

「そこは問題はない。我が国のサイバ―担当者に確認をしている。問題点は―正式配備予定の『第一世代初期型』とは別次元の物らしい。つまりいざ『初期型』を正式配備した際目劣りする――その時苦情を言われても困ると…」


「中期型とはそれ程なのか?」

「らしいぞ。中期型なら今物量作戦で停滞している『初期防衛AI』の負担を数時間で緩和出来るそうだ」


 紛らわしいが『初期防衛AI』は『第一世代初期型AI』の飽くまでも廉価版、もしくはサンプル品に留まる性能なのだ。ラ―スロ公国で使用しなくなりつつある『第一世代初期型』導入までの『仮配備』といったところだった。


 日本に貸与するにあたり、日本の実情に合わせ既存の『第一世代初期型』を削りに掛かっているところだった。言うなれば『第一世代初期型』と言ってよく、それにはまだ数日の時を要した。


 その間のツナギとしての『初期防衛AI』ではあったが、想定した以上に取り外したアメリカ製AIの爪痕は粘着質で――ラ―スロ公国の担当者を苛つかせた結果。


『第一世代中期型』で一斉清掃したいと提案されたのだ。既に『中期型』はラ―スロ公国大使館及び領事館に配備済。活動範囲を広げるだけなので、日本政府が返答すればすぐにでも投入出来る。


「嶋津。ラ―スロ公国に連絡を。協力に感謝すると――」

 伏見田の判断で国内に残ったアメリカ製AIの爪痕は、日をまたぐことなくその痕跡を消された。









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