第64話 引っ越しするってホントですか?

 ようやく抜糸ができた昼下がりの街角。オレは待ちあわせ場所に急いだ。あの記者会見から数日後。オレはオレたちは、まだ所定の場所に戻ってなかった。


 オレにとって所定の場所ってどこなんだろう。ここ数日一緒に行動を共にした仲間たちが居場所なのか、それとも…常和台ときわだい高なのか。常和台ときわだい高だと仮定して――まだ、戻ってないってことだけど。


「遅い〜〜!! もう、何分待たせるのかなぁ〜待たせたら絶対の絶対に帰ってるところなんだよ? 君!それ、わかっるかなぁ〜」


 ぷいっ! と言わんばかりに膨らませた頬、少し長めの金髪を緩めに横に束ね、マリン・ブル―の瞳はそっぽを向いた。斜めに掛けられたポシェット、短めのふわりっとしたスカ―ト、デニム生地のシャツ。


 そう、目の前にいるのはジェシカさんで、先日約束した彼女の休日に『シチュエ―ション・ト―ク』なる、なりきった状況で絡む、なんと言うか―実験? この言葉が1番近い。


 って、言うか。は待っててくれるってことなのか?


 そして今の『シチュエ―ション・ト―ク』はオレたちは高1で、ジェシカさんは彼女(シルさん)の親友。オレに恋心を抱くも言い出せずにいるのだが、お父さんの仕事の都合で引っ越す事が決まった。最後に思い出作りのため思い切ってデ―トに誘った、みたいな? 設定だ。


 何故、この内容を知っているかと言えば事前に共有されていたから。超ロングなメ―ルで。しかも『ちゃんと作り込んで来て』と要望を添えられていた。因みにシルさんはこのことも知らなければ、登場もしない。


 言うなれば『実験』を兼ねた完全なふたり芝居なのだ。なので、内容は実生活とは多少乖離かいりしているが気にしない。


 あと、何のための実験かも追及しないで欲しい。遊び心から始まって、ふたりして、どハマりしているだけなのだ。まったく意外な組み合わせだ。


 オレはと言えば、ジェシカさんに振り回されているかと言えば、そうではなかった。前回――記者会見後に突如始まった『第一回シチュエ―ション・ト―ク』実験でありふたり芝居なのだが、その後も数日ジェシカさんに対しての思い――呪縛と言っていいくらい会いたくて仕方なかった。ジェシカさん同様、恋愛感情があるわけじゃないのに。飽くまで設定なのだ。


 そしてようやく解けた呪縛だったのだが、今日の為に『作り上げて』来たので、そこそこ――危ない状態だ。


 そう、そこそこ恋愛脳になっていた。そして同じく作り上げてきているジェシカさん。この間と違い服装や見た目、髪形、仕草どれを取っても同級生だ。


「ごめん、でもまだ約束の時間じゃ」

「君! ねぇ! 時間は有限なんだよ? 君と私の時間は特に! 私引っ越しちゃうんだから。あの子―とはいつでも、だろうけど! ところで、痛かった?」

「え?」

「抜糸よ、抜糸!」

「あっ、うん…そこそこね」

「そうなんだ、もうこれに懲りてはダメだからね。あの子の事になると見境ないんだから」

「うん、ごめん」

「もう! 謝ってばっか! 行こう、遊園地行く約束でしょ?」


 うん…ヤバい。完全に『高1カップル』だ。ドキドキするなって方が無理だ。距離感とか仕草がもう、どうしようもないくらい緊張する…オレはひとまず予定通り遊園地を目指した。目指しながら―ジェシカさんって何歳だ? きれい系の人って元々年齢がわかりにくい。ましてやジェシカは外国の方。益々わからない。


「なんか―」

「ん?」

「だから、なんか―言うことないのかなぁ?」

「なんか、ってなに?」

「もう! 君、鈍感なの知ってるよ。こんなに出してるのに、あの子に夢中で気付いてくんないし、そりゃさぁ…あの子に比べたら私なんてかわいくないかもだけど…」


「そ、そんなことないよ、ジェシカさんはその…ドキドキするくらい、その…緊張して、何言っていいかわかんないくらいで」

「そう? でもさぁ…ちゃんと言ってよ。朝からクロゼットひっくり返したんだよ? 何着ていくか。君が急に誘うから―どう?」

 あっ『設定』じゃ、そうなってた。オレが抜糸に向かう途中に気まぐれで誘うんだった、ジェシカさんを遊園地に。

「うん、めっちゃかわいい」

「よし! 許す! 苦しゅうない! 近うよれ!」

 そう言ってジェシカさんは腕を組んできた。あれ? オレってこんな感じで腕組まれたことってあったっけ? 初めてか? もう、方向性がわからないくらいドキドキする。しかもジェシカさんは攻撃の手を緩めない。


「君ぃ〜! 前からの不満! なんで君は同級生の私のこと『ジェシカさん』なのかな? もしかして、まだ告ってもないのに振る感じ?『さん呼び』で距離感じさせて、告んなアピ―ル? そんなのツライよ…」


 ジェシカは目の淵に薄っすら涙を溜め、抗議した。はい! もう無理! 理性崩壊してます! 演技なんだよね? もうね、完全に惚れますよ、普通でしょ、そんなの普通。


「じゃあ、なんて呼べば―」

「君、君!! そんなの自分で考える!! あのね、そういうのって大事なんだからね! あっ……でも、君ったらセンス・ゼロぽいよね、平気で『じゃあ、ジェイちゃん』とか言いそう! 言いそう!! そうね…まぁ、病み上がり、じゃないか。完治祝いかな? よくわかんないけど、今回はサ―ビスしとくね? う…ん、じゃあジェシ―で。わかった? ふたりの時はもちろん、あの子の前でも『ジェシ―』なんだからね?」

『シチュエ―ション・ト―ク』冴えわたるジェシカさんと遊園地に着いた。






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