第58話 そこにある献身のわけ。

「まず、皆さまもご存知の通り、AI分野に於ける『軍事』『防衛』『情報セキュリティ』等、諸外国に比べ我が国は、かなりの遅れを取っております。これはアメリカ合衆国がこの分野で、我が国が自国開発することに、難色を示してきたことが原因でもあります。しかしながら、アメリカから提供――提供とは便利な言葉ではありますが、誤解を避けるため敢えて、言葉を選ばないなら――AIのスペックですが、本国仕様に比べ、どの程度抑えられているかご存知の方?」




『12パーです』



 ある男性記者が挙手し答えた。




「そう、です。これでは金額にあまりに見合わない。ですので、スペックの見直しをですね、今年の年始より話し合いの場を設けてきました。先日回答がありました。スペックを『20%』まで引き上げる準備があると。ただし、日本側のが条件です」




「それはどれ程の負担増なのでしょうか?」



「約倍額です。因みにこの発言はのものです。官僚の発言ではありません。付け加えるなら『』と。どうでしょう、この発言をと受け取るのは私だけでしょうか、なので決断しました。日本国――内閣総理大臣として――『』と、と。閣議決定しました」




「総理、そのお聞きしたいのですが、何故このタイミングにこの発言を―」




「そこ聞くだね、浅倉さん……からって後で、言い訳しょうと思ってたのに……仕方ないね。現時点をもって、アメリカ製のAIの切り離し作業の完了と、初期防衛のためにラ―スロ公国のAIの導入が、完了したからです。理由は必要ですかね、こんな一国の副大統領が恫喝してくる国ですからね、何されるかわかんないでしょ? AI残してたら」




「それは…長年の同盟国よりも、ラ―スロ公国のAIを信用されると?」




「うん。なんで? そもそも友人が、こうも『』要求せんでしょ。もういいかなって。もうグッナイだよ」




 噂では聞いていた――本来の伏見田総理の姿。もう一国の総理大臣とは思えないぶっちゃけト―ク。内閣支持率が低迷するも、コアな支持者がいるのも、わからないではない。




「しかし、総理。これ程のことを」




「もちろん国民の皆さんに。我々はこの先、誰と手を携えて進むのか。




「総理、それは…」




し、に踏み切ります。今ここに、国民に信を問い、よりよい未来とはなにか、誰と共にあるべきか。国民の審判を仰ぐ時です」




 後にこの解散は『冗談じゃねえ解散』と呼ばれることになる。



 □□□□



『15分だけだから』


 歴史的記者会見の『仕込み役』を終えた浅倉さんは撮影クル―と、オレたち3人に告げて、付け加えた『お願い』と。




 何が、どう15分なのか。わからないままオレは浅倉さんに手を引かれ、撮影クル―用のワンボックスの後部座席シ―トにふたりで並び座った。




 そしてカギを内側から締めた瞬間。浅倉さんは堰を切ったように、大泣きに泣いた。オレの胸に顔を埋めた何度も何度もしゃくりあげる。オレはと言えば、よくわからないまま、浅倉さんのゆるふわボブにそっと手を触れ、反対側の手で震える肩を擦った。




 オレは出来る系女子の浅倉さんでも緊張の限界に達して、感情が溢れ出したのだと、安い理解に落ち着こうとしていた。だけど違った。しゃくりあげながらも浅倉さんは身の上話を口にした。




 彼女は報道関係家族らしい。お父さんは有名なアナウンサ―で、お母さんは凄腕ディレクタ―。お兄さんは戦場カメラマン。数年前、お父さんとお母さんを相次いて病気で失ったと。




「――私も大学出て報道関係目指したんだけど……ダメダメで。キ―局も準備キ―局も全部落ちて……」



「そうですか…」

「独立系のスリ―スタ―チャンネルだけ何とか。地方の…」




 浅倉さんはそれでも不満はなかった事と『スリ―スタ―』で過ごした数年に感謝を口にした。社交辞令的なもんではなく、涙で崩れた目元だったが『スリ―スタ―』の話をにこりとして口にした。




「兄がね、なんて言っていいやら…『』って言うべきか『』って言って…いいのか。君、賢いからわかるよね?」




 戦場カメラマンのお兄さん。亡くなっているって言いたいのくらい、子供のオレにでもわかった。わかったけど、どう答えたらいいか――わかるほどの経験を人生で積んでなかった。




「その兄がね、私の初めての取材『春の訪れ桜巡り』っての…そういうのあるでしょ? ニュ―スで天気予報の前後に。それを見た兄がね言ったの『お前らしいよ』って。私ね、今だってたいして変わんだいけど…素直じゃないっていうか…卑屈? うん、劣等感の塊。お父さんはいつも報道フロア―の中心にいて、お母さんはディレクタ―で何年もふたりで組んで。兄は戦地を駆け巡って……だから私ね…」




 止まりかけた涙、嗚咽、魂の叫び、消しきれない後悔。そして家族への想いが浅倉さんから溢れ出した。オレはじっと待つしかなくって、なんにも出来なくって。たったひとつ出来たのは、浅倉さんの華奢な肩に置いた手に力を入れただけだった。浅倉さんはその手に、そんなオレの手に手を重ねて後悔の言葉を口にした。




「兄がね言った『お前らしいよ』って、バカにされたって思えて……『』って。そんなこと言う人じゃなんだ、口数少ないけど絶対言わないのわかってるのに…だけど卑屈な私は兄を避け続けたの――だからね…」




「それ以来……」

「うん、兄との最後の言葉」




 だからなのか…浅倉さんがオレや舞美に、これ程肩入れしてくれたのは。舞美の動画観てくれたのは。側にいてくれるのは…オレは浅倉さんのあまりにも献身的な行動の背景を目の当たりし体が震えた。






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