第56話 思いのない口出し。

 第115代内閣総理大臣――伏見田ふしみだ敦士あつし。通称『粘りの伏見田ふしみだ』彼の盟友、嶋津しまづ内閣官房曰く『悪運という悪運を持ち合わせた男』であり、熱苦しい男だった。緻密さには縁がなく、感覚で動く男。


 それが伏見田ふしみだ敦士あつしだった。この日もいつもの『感覚』で思いついたままを口にする。


「美樹。あの兄妹なんてったけ?」

「あのね、あの兄妹くらいで私にどうしろと?」

「そこはほら、父娘だしさ。以心伝心って言うか、一子相伝っていうか」

「一子相伝まったく関係ないでしょ、…お父さん拳法家なの? 世紀末に名乗り上げんの?」


 また『いつもの』が始まった。こめかみを押えるのは伏見田の長女美樹。彼女は誰も長続きしない父親の第一公設秘書を『嫌々』引き受けていた。


 元より政治などにはまったく興味もなく、ついでに言うなら父親にも『年相応』に興味がなかった。しかし、内閣総理大臣第一公設秘書が空座になるのは恥ずかしいと父親に泣きつかれ『渋々』引き受けた。


 政策的なことはもちろん、からっきしだったし、政治家になる気もサラサラない。


 しかし父親伏見田ふしみだ敦士あつしの『あの』とか『その』とかの、ハッキリしないキ―ワ―ドが残念ながら身内ということもあり、他人より僅かばかりわかる。なので『公設秘書』としてというより『通訳』としての側面が極めて強い。


 そして伏見田は『感覚』や『嗅覚』だけで渡ってきた数少ない政治家。そうなると、伏見田の『あれ』や『それ』が何となくではあるが理解出来る美樹は重宝された。本人的には果てしなく迷惑な話ではあったが。


、あの『兄妹』とはこちらの『斎藤兄妹』のことでしょうか」

「そうそう! 斎藤さんちのご兄妹! 流石美樹ちゃん仕事が早い。あと、ふたりの時は『先生』はちょっとなぁ…いつもみたく『パパ』でいいよ」


「先生。普段から『パパ』なんて呼んだことありません」

「つれないなぁ…仕方ないここは切り替えて政治活動でもするかなぁ…まぁ、美樹ちゃんにとっては『パパ活』ってところだな!」

「先生。先生のその、不用意な発言が『ガッガッ』内閣支持率下げてる自覚とか、ないですか。今のメディアの前でウケ狙いでも駄目ですからね。どうするんですか『パパ活辞任』なんてなったら……情けない」


 我が父親ながらこうも考えなしの『感覚オヤジ』だとめまいをもよおす。ため息混じりて美樹は聞き直した。


「それで、お父さん。例の斎藤兄妹がどうしたの」

「ん…悪いが会える手配をしてくれ」

「会うの!? 冗談でしょ、お父さん。今自分の置かれてる立場わかってる? 内閣総辞職待ったなしよ? って言うか夜にはするんでしょ、誰かに会ってる場合じゃ……」

「場合なんだよなぁ、これが。勘だけど」

『勘かよ!』と言いかけた言葉を飲み込んだ。こと『勘』に関して『感覚』に関して、美樹は父に一目置いていた。普段はへっぽこ政治家なのだが、ぎりぎりまで追い込まれると、生存本能が呼び覚まされるのか、冴えに冴える。


 そんなことなら普段から『冴えろよ』と思う娘美樹だったが、ここは父親の勘を信じることにした。信じることには変わりないものの『なんで今日なのか』知りたくもあった。


 確かに最近話題の兄妹ではある。午前中に文部科学大臣を、斎藤兄が退学になった高校に送ったのも知っていたし、退学取り消しに持ち込めたことも知っている。


 しかし、午後の情報番組では『今更感』として伝えられていたし、人気稼ぎとしてネットでは冷めた目で見られた。何より政府が介入しなくても、斎藤妹の活躍で解決目前まで常和台ときわだい高等学校を追い込んでいた。


 ネット民からすれば『手柄の横取り』として『伏見田らしい』と揶揄されていた。残念ながら今回のパフォ―マンスは、支持率にまるで影響を及ぼすようには見えなかった。


 なので今更『斎藤兄妹』と絡むより自身の弱小派閥の結束と、選挙協力などの根回しに時間を割くほうが懸命に思えた。


「勘なんだけど…」

「もう、わかりました! 可能な限りやってみます。しかし、相手あってのものなのであまり期待しないでください」

「うん、わかった。頼むよ美樹ちゃん」


 □□□□

 斎藤兄妹には既にメディア担当が付いていた。伏見田美樹は少なからず驚いた。単純な素人兄妹だと決めつけていたが、そうではなかった。


 考えてみれは彼ら兄妹はラ―スロ公国との接点を単独で持っていた。斎藤兄が、ラ―スロ公国のお姫さまを助けたとはいえ、この関係は驚くべきものだった。


 ほんの少し調べただけだが、斎藤兄妹に接触を持とうとするとラ―スロ公国のフィルタ―が掛かる。妨害とまではいかないが、何かしらの力がラ―スロ公国から働いている。


(斎藤兄妹を保護しているの?)


 暴漢からお姫さまを助けたとはいえ、ここまでのことが実際あるのだろうか。兄妹のメディア担当と交渉と並行し、ラ―スロ公国が兄妹の扱いに注文を付けてくる。


(我が国の学生に関して、他国から注文を付けられるいわれはない)


 癇に障る。伏見田美樹はそんな感覚と共にラ―スロ公国の大使館員に反論を仕掛けたが、ボコボコに反撃された。


『はっきり申し上げますが、日本国に彼ら兄妹を中友連邦ちゅうゆうれんぽうから守るお力があるとは思えません。何よりは、近々我らラ―スロ公国のことになります――我らは自国民保護に全力を尽くすまで、思いのない口出しは不要に願います』


 冷たく言い放たれた言葉が、伏見田美樹のどこか柔らかい部分をひどく切り裂いた『』その言葉が伏見田美樹の今後の人生を歩む上で、避けて通れない言葉になった。


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