第55話 グッドラック・マイ……

「順一さま」

 玄関を出ようとしたオレは、ジェシカさんに呼び止められた。ジェシカのマリン・ブル―の瞳は相変わらず強い眼力を放っていた。

「なんでしょう」

「お嬢様が順一さまにこちらを」

 差し出されたのは『どんぐり』をモチ―フにしたネックレス。青銅色ブロンズに薄っすらと光を放つ。この柔らかな輝きは……シルさんの絹のような髪と同じ光。


「どんぐり…ですか?」

「はい。我が国ではとても大切な人の健やかな人生を願う、そんな気持ちで贈る物です。特に想いを寄せる方には長年愛用した物を――これはお嬢様が10歳の時から身に着けていた物です。10歳から6年間無事に過ごせた証とその幸運が、あなた様にありますように。そんな想いがこもっております」


「そんな大切な物をオレに……」

「お嬢様のお気持ちです。立場上、今日この時共に表舞台に立てない歯痒はがゆさ、お察し頂ければ幸いです」


 オレは手の内に収まった淡い光を、放つネックレスのどんぐりを指先で転がした。コロコロとしたどんぐりがまるでシルさんの絶えることのない笑顔のように感じた。


「ありがとうございます。シルさんの幸運をお借りします」

 オレはしたことのないネックレスをし、大切にシャツの下に収めた。不思議とシルさんの体温を感じる。


「あと…、私が先手を打ち、お相手の妨害工作を、しておきました。えぇ、あちら様はド素人ですので、抜かりはありません。総理官邸まで安全な旅路は不詳このジェシカ・ロレンツィオ保証致しましょう」

 自信に満ちたマリン・ブル―の瞳がオレたちの行く先を照らしてくれているようだった。


 □□□□

「では、皆々さま。ご武運を」

 オレはジェシカさんに父さんと母さんの事を託し家を出た。オレの後に舞美と栞が続く。ふたりを政府のクルマに先に乗せオレは浅倉さんのワンボックスに近寄る。


「皆さん。気をつけて。浅倉さん―」

「どうした? 順一。お姉さんと離れるのが寂しいの?」

「えぇ、まぁ…そうかもです。でも浅倉さんと皆さんの活躍を期待してます」

「うん。そりゃ活躍しないとね。総理官邸なんて入れるチャンス早々巡ってこないわよ、グッドラック…マイ……何にしょうかなぁ……考えとく。じゃあ、気張りなさいよ!」


「皆さん、ガンバです!!」

 後部座席のメガネの『アルバイトちゃん』が自分のほっぺたを『パンパン!!』と叩いて気合を入れた。浅倉さんのクル―だけあって根性座ってそうだ。


 オレは浅倉さんのクル―の顔色の良さに安心して、政府が用意してくれた黒塗りのクルマに乗り込んだ。ふたりの間の席が空いていたのでそこに身を埋めた。オレがシ―トベルトを締めた音と共に栞はが叫ぶ。


『いざ、出陣じゃ〜〜!!』


 クルマに揺られどれくらいが過ぎただろう。ジェシカさんの手配のおかげで何ひとつ起きず総理官邸の門を潜ることが出来た。それにしてもジェシカさんが『お相手の妨害工作の妨害』と言っていたが、もし本気で事務長派がそんなことを実行していたら、実際どうなっていただろう。


 政府のクルマに仮に事故に見せかけ、攻撃しかけたとして、どれ程重い罪に問われるか想像もつかない。救われたのは意外に事務長派の方かも知れない。下手をしたらテロリストとかに、なったりしないのだろうか? よくわからないが。


 政府からというか、秘書の方から舞美と栞には出来れば『学校の制服』で来てほしいと依頼があった。浅倉さん曰く、ふたりを『聖女』に仕立て上げようとしてる、と憶測が挙げられた。そして『それはそれで都合がいいかも』と付け加えられた。


 ちょっと前の反抗期バリバリの舞美なら『聖女』なんてとんでもないと思っていたが、今回舞美が成し遂げた結果は途方も無いものだった。


 舞美の動画の発信力がなければ、間違いなくこのステ―ジには立てていない。同じように浅倉さんが動画に目を留めなければ、ここには辿り着けていないし、ラ―スロ公国大使館での会見での注目度も計り知れない。


 そのして1つの集大成として、今ここに立っている。決して目指した目的地ではないが、全員の力で辿り着いた終着地なのか、通過点なのだ。


「これより数分後に総理が現れます。斎藤順一君に握手を求めますので、その時やや体をカメラに向かうよう心がけてください。妹さんと三崎さんは、彼に寄り添うように。特に意識せずに自然で大丈夫です。緊張されているなら、それは別に隠す必要はありません。自然なことですから。その後は総理のご質問にお答え頂く形にはなりますが、上手くやろうとか考えなくて大丈夫。もし、あがってしまってもそれはそれで等身大に映るものですから」


 秘書の方はオレたちの緊張を解くのでなく、それでいいんだと思わせてくれている。考えてみれば一介の学生であるオレたちが、総理大臣の前で緊張しない方が変なのだ。


 それでも不思議とオレもだし、ふたりも激しく緊張した風ではなかったのは、最前列にオレたちの『姉貴分』浅倉さんの不敵でチャ―ミングなタレ目の眼差しがあったからだ。





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