第54話 別れの始まりを始めよう。

「じゃあ、順一。円陣組もうか」

 浅倉さんは出発に際し団結すべくオレに声を掛けてきた。オレは全員を見渡し、ゆっくりと頷いた。


 考えてみれば不思議な縁だ。オレがシルさんを助けたことがきっかけだった。オレと舞美は普通の兄妹だった。


 思春期妹の視線や言動に戦々恐々する――妹は厄介な存在と敬遠する兄だったはず。それがオレを助けよう、手伝おうと動画を心が折れそうになる日も発信し続けてくれた。


 オレはそんな妹、舞美が大切だしオレ史上最大級で、好きなのは隠しようもない。それは舞美も同じだろう。特に『どうなった』ワケではないが、頼りにしているし、守りたい存在になっていた。


 それは対極にある『マイたん』にも言える。実のところ、この出発前に、もうひとりのに会っておきたかった。でも、少しの躊躇があった。マイたんは自身の『温存』を考え、早期撤収をしていた。呼び出せは喜んでくれるだろうし、あの『座った目』をした不思議な空気の妹と話がしたかった。でも、必ずまた会える。今は会える時を心待ちにしょう。


 三崎栞については想像以上に信頼している。自分の内面を恥じることなく晒して、ちょいちょい地雷を踏み、凹んでは立ち上がる。真っ直ぐだし、コンプレックスだって沢山ある。でも、そういう『ひとつひとつ』が栞で、人を思いやる気持は鬼のようだ。そうでありながら自分に素直とか『盛り過ぎ』女子だ。


 浅倉さんとの出会いもシルさんとのことがなければ、知り合うことすらなかったろう。舞美の動画を1番最初に取り上げてくれたメディア関係だ。この中で考えが最も近い存在。全部を口にしなくても、わかってくれる。それが浅倉さんだ。


 初めてオレを日常的に呼び捨てで呼んでくれた女性。共に行動する機会が多く、どんな時も理性的な判断が出来る冷静沈着で憧れの年上女子だ。


 ここに居なくなって久しいが、シルさん――シルヴェ―ヌさん。追い返したようになってしまった北欧の小国のお姫さま。ふとした時に思い出す、片言の日本語で励ましてくれたことを。


 どうしているんだろう、そう思うことはあるが、彼女の立場を考えると、巻き込むわけにはいかない。シルさんには『お姫さま』としての立ち位置もあるのだ。


 それでもオレは彼女の存在を頼ってしまう。だからこうしてシルさんは、ジェシカさんを再び我が家に寄こしてくれた。


 浅倉さんを介して、ジェシカさんに警備依頼をした。ジェシカさんは快く引き受けてくれ、自ら数人の警備を連れて出張ってくれた。


 父さん、母さんにも感謝している。あの日、舞美がオレの状況を知らすと、何も言わず仕事を放ってまで帰ってくれた。無条件で信じ、無遠慮に関わってくれた。ふたりのサ―ビス精神があったからこそ、ベ―スキャンプとしてこのリビングが機能したのだ。


 なんでか、ふたりがしてくれたことを思うと、目頭が熱くなる。なのであんまり考えないようにしてきた。でもやっぱりオレはこの家の一員でよかった。今はこれが精一杯だ。


 オレたちは寄せ集めでありながら、集まるべくして集まった。今日ここを踏み出したら、立ち止まることはない。立ち止まる時は1つの終焉に辿りついた時であり、恐らくその後には浅倉さんと撮影クル―の皆さんとの別れが待っているだろう。


 だからこそか。だからこそ、浅倉さんは円陣を組もうと言ったのだ。浅倉さんと撮影クル―の皆さん、そして駆けつけてくれたジェシカさんは、居るべき場所に帰らなければならない。


 だから円陣を組もう『別れの始まり』を迎えるために。


 □□□□

「皆さん、ありがとうございます。ここまで来れたのは、今ここにいる方と別の場所でオレたちを思ってくれてる人がいたからです。ご存知の通り――今から乗り込む総理官邸は――前哨戦です。大本命は今日じゃない。だから気楽に行きましょう。そしてまたここで」


「順一。まんない、掛け声いるでしょ、あるよね。――」


「じゃあ…改めて――『! 常和台ときわだい高をぶっ潰す!!』」


 □□□□

「浅倉さん、こんな感じでいいかな…」

 団結式の映像を編集しながら、舞美は浅倉さんに相談する。飽くまでも素人感を大事に――浅倉さんの考えは変わらない。


 動画編集のアドバイスは口にしても、編集には関わらない。浅倉さん曰く『お金のニオイ』を出さないためだ。そんなワケでホ―ムビデオ感満載だが、それはそれで臨場感を醸し出していた。


 そしてこの動画はすぐにアップされた。実のところ、この動画は伏見田総理の秘書の方からもたらされた『政府』の依頼でもあった。


 これから始まる――会談というのだろうか、政府は話し合いの席の注目度を上げたいようだ。この際だから、それくらいの協力はしておこう。そんな訳で何となく、こなれた感というか、呑み込まれた感が有るものの『伸るか反るか』なのはいつものことだ。


 そんなモノにも少しずつ慣れてきた。これから進む道によっては、選ぶ選択によっては、もっと慣れて行くことだろう。そうなった時――オレたちは得るものと失ったものの、どちらが多くなるのだろう。どちらがより印象に残っていくのだろう。


 そんなこと考えている時間があるわけじゃないクセして、ふとそんなことを考えていた。

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