第49話 悪いことしましょう。
「私――来ちゃいました。いてもたってもいられず…」
オレは自室でほんの少しの間、ぼ―っとしていた。そこに栞現れた。
「なんで扉の間から覗いてる?」
「私は斎藤君の単なる友人なのか、単なる知り合いなの、単なるスト―カ―なのかはっきりしてません。その、自分の中で。なので、この距離がどれにもしっくりくるかと…」
「困ったなぁ…」
「はい。困らせました」
「じゃなくて」
「はい」
「わかんない?」
「はい。言葉にして頂けないと」
そう来たか…栞って、いつもはおっとりだ。いきなりのカットイン…つまり『言葉で』表現しろと……こんな時は本音でいくか……
「オレ舞美以外で呼び捨てしてるの栞だけなんだけど」
「知ってますよ。三崎でしたから、この間まで。正直うれしいです。どれくらいうれしいことか言いますと。斎藤君が私の入浴中にブラを――」
オレは慌てて栞を部屋に引き込んだ。触りました。実際のところ。ホンの少しだど。手に取るまではさすがに出来なかった。でも触ったのは、やぶさかではない。
明らかに『やぶさか』の使い方おかしいのはオレの焦りと理解して欲しい。
「ごめんなさい」
「斎藤君。なんで謝るんです。いや、もう謝られましたし、もちろん脅しじゃないです。ただ…」
「ただ?」
「いえ『生粋のスト―カ―』としてはその…対象の斎藤君にブラを触られるのは一生の思い出といいますか、斎藤君に迷惑が掛からない範囲で言いふらしたいというのが本音です。可能な限りこのブラ、洗濯しないで着け続ける所存です!」
知ってる。栞に悪気ないの。それとオレ自身、栞を遠ざける気がないのを。ブラのことはともかくとして。オレは栞を無条件に信用してる。舞美とか、浅倉さんとは違う次元で。
『背中を任せるられる』って言うけど、まさにそれだ。ご存知の通り、オレは達観した歳でもなければ聖人でもない。そもそも聖人なら同級生の入浴中にブラに触りはしない。
何が言いたいかと言うと、栞に背中を任せることが出来るくらい信用してるが、そこには恋愛感情なんてない、なんて言えるク―ル・キャラじゃない。
そもそもク―ル・キャラならブラに手を出さんだろ。オレが言いたいのは…一歩間違わなくても、栞はドストライクなひとりなのだ。
本人は少しはばっかし卑屈だ。でも、そこはオレにとっては気遣いに感じる。今だって実は栞に来て欲しかった。話がしたかった。それを察してなのか、どうなのかわからないが来てくれる。
「その…洗濯はしょうな?」
「でも…思い出だし」
「あ…また、うん。風呂の間に触るから」
「えっ!? いいんですか!?」
「いや…栞さん? 男子がその下着こっそり触る行為に、テンション上げないで、なんかいい事してるって勘違いして、逮捕されそうだからね、将来! あっ、ちょっと!」
栞はオレの言葉を、ろくすっぽ聞かす部屋を飛び出した。思い当たる節がないので、このまま待つことにした。
「あの!!」
「はい!」
僅か数十秒で栞は戻ってきた。その胸には、ご両親が届けてくれたボストンバッグが。そして軽く息を弾ませていた。
「あのですね、最初に断っておきますと。ここに来る許可は舞美ちゃんには貰いました、前と同じで」
確か前回――栞が部屋に来たときもそうだった。その時は舞美は扉にへばりついていたっけ。今はそうしてないということは、舞美も栞に心を許しているのかも。
「ですが! 事が事なので…私、学習しました。何でもかんでも言っちゃダメなんだって!」
「うん、まぁ…そうかな?」
「例えばですね。舞美ちゃん嫌だとするじゃないですか。私のお願いというか、許可申請? でも『いい』って言うしかないと思うんです。私からしたら『舞美ちゃんの許可出たし!』なんですけど、舞美ちゃんからしたらどうですか? 断りにくいから渋々って、あると思うんです」
「うん、言ってる意味はわかる」
「この場合、私ズルくないですか? 舞美ちゃんの優しさ悪用してないですか? 斎藤君やさしいから、違うって言ってくれるけど。私、根っからの『スト―カ―』なんです。そこそこ陰湿なんです! 人のズルい部分とかわかっちゃって、それは自分に対してもだし…でも、おふたりにはフェアで在りたいというか、なんです!」
言ってる意味はわかる。栞は明らかに真面目で、スト―カ―であることに真面目なんだ。ちょっと方向性が『アレ』だけど、物事に真摯なんだと思う。
「だから決めました。私コソコソします!」
「え?」
「舞美ちゃんに黙っといて、コソコソします! その…斎藤君と悪いことします!」
「えっと…栞さん?」
「それで、もし舞美ちゃんにバレたら、舞美ちゃん精一杯怒れるじゃないですか、私に! 嘘つき! バカ! この薄汚れたスト―カ―!! とか!」
それはそうかもだが、それでいいの? 正しい方向か? それにしても自称スト―カ―だけあって、スト―カ―に対して、やたら表現が厳しいなぁ…
「その第一弾として、悪いことしましょう! 舞美ちゃんにこっそり…」
オレは栞に腕を掴まれて部屋の死角になる本棚の影に連れて行かれた。
悪いこと…こっそり…どうしよ。なんかすごく魅力的な提案に聞こえる…
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