第44話 伸るか反るかの大博打。

 手段を選んでられない。官房長官嶋津は逆に思った。

『手段を選べない』そう逆にを手に入れたと開き直った。


 拡大解釈するなら総理大臣伏見田の『丸投げ』を逆手に取り『全権を委ねられた』と解釈してでも事に当たらねば――

(我が国は衰退の一途を辿る……)


 嶋津はチラリと秘書大内の顔を覗いた。特に意味があったわけではない。ただ、どこかでこの利発な姪が本当の娘なら……そう思わない日はない。


 もし本当の娘でも、姪でも実はなにも変わらないのだが、嶋津は見せて見たかった。実の娘に――親父の一世一代の


「まずは……この度の妹君シルヴェ―ヌさん襲撃事件に対し、警備体制が不十分だったことを心よりお詫びします。また王族の方、国民の方々にご心配お掛けしたことを心よりお詫びします」


「ほう…詫びか」

 シルヴェ―ヌの姉オドレイは嶋津の謝罪に少し拍子抜けした。彼は国家の代表として来ている。国のメンツもあるだろう。なので、長々と言い訳を聞かされるものだとばかり思っていたからだ。


 そして警備の不備を棚に上げ、最愛の妹が警備を振り切って、姿を消したことを理由に上げると思っていたのだ。


(潔さよいではないか。シルヴェ―ヌの非を口にしないとは)

 幾分は態度を軟化してもいいだろう、そう思った矢先に、身内の恥を晒す。


「お恥ずかしいことに、我が国のAI分野、特に軍事、情報セキュリティにける立ち遅れは凄まじく、恐らく貴国の第一世代の足元に、迫る気配もありません。警視庁はモザイク・ミストによる画像撹乱を人海戦術で解析に当たりましたが――結果として貴国が民間の防犯カメラから、独自に入手した画像を解析する方が、精度も解決も速かった」


 嶋津の嘆き節とも取れる言葉は、あながちリップサ―ビスではなかった。事実ラ―スロ公国が独自に商店街の防犯カメラから得た画像デ―タ。


 解析に使用したAIは『第一世代』しかも初期型による解析だった。それでも小一時間で解析は終了した。対象の顔デ―タは全世界を駆け巡った。


 それと同時に『中友連邦』が使用する『モザイク・ミスト』の周波数が全世界に公開拡散された。これにより侵入中の『中友連邦』のエ―ジェントは、この周波数使用を根拠に『中友連邦のエ―ジェント』として身割れした。


『モザイク・ミスト』は開発国により周波数が異なる。そのため周波数を解析されると――どの国の技術かわかり、その結果その周波数を使える者=その国に関わりのあるエ―ジェントとなる。


 しかし、したたかなラ―スロ公国は今回の件を『中友連邦』と断定せず『中友連邦』にと非難した。


 このことにより『中友連邦』からの反撃を封じると共に『中友連邦』は急ぎ新たな周波数の『モザイク・ミスト』開発を迫られることになる。


 このままでは諜報活動が停滞するだけではなく、潜伏中のエ―ジェントが根絶やしにされかねない。そういう意味において『中友連邦』はラ―スロ公国に干渉する余裕を失ったと言える。

(中友連邦が大人しくせざるを得ない今が好機か――)


 オドレイは傍らに立つ軍服の男を手招きした。黒髪で細身に眼鏡をしたこの男――オドレイ・フォン・フェイュの騎士位ナイトだ。


 騎士位ナイトとはラ―スロ公国の王族各人が任命する、主席護衛官。しかし実際は護衛の任のみに留まらす、政策全般を補佐する役目を担う。関りが公私に渡るため伴侶となるこが多い。

 この細身の男――『ロジェ・ル・ロワ』もまたその例にならい、オドレイの婚約者でもあった。


「閣下――」

 婚約者とはいえ、ロジェは身をわきまえていた。浮ついた心など微塵もない。オドレイの手招く所まで顔を寄せ、耳を澄ませた。


 ロジェは皇女オドレイの言葉に目を見開いた。そして苦言とまではいかないが、求められるまでに意見を口にした

(姫さま、それは時期尚早かと)


(うむ、お前ならそういうであろう。だが、今が好機。そうは思わぬか?)

(確かに……ですが姫さま、兄上さま――責めてミカエルさまにご相談されてからでも――)

(黙っていてすまぬ、したさ。兄さまからは良い返事を得ている)

(誠ですか……

(第二世代中期)

(第二中期!? な、なりませぬ、そのような……)


(わかっおるよ、心配は要らぬ。主はわらわがそれほどほうけておると?)


(いや、そのような…)

(ひとまず第一世代前期に限定する、これとて手に余すやも知れぬ)

(流石は我が姫…ご懸命なる判断)


(ふふっ、

(これは失礼を)

(よい、しばし下がれ)

(はっ!)


 実のところ、耳元で声を落とし話をしたところで、嶋津と大内に伝わることはなかった。


 ふたりに渡されたヘッドセットはAIによる自動翻訳器だ。翻訳に不適切とAIが勝手に判断し情報漏れを防ぐ。翻訳しないだけではなく、その部分の音声を中和し聞き取ることすら出来なくするのだ。


 オドレイがロジェを手招きし、耳元で話したのは唯一残る『唇を読む』こと封じるためだった。これとて難解なラ―スロ語を習得していて初めて出来ることだ。


「嶋津どの。今回の件。我が妹シルヴェ―ヌのこと、これにて幕としょう。これ以上は両国にとって益なし。また貴国が『中友連邦』に加担など、ありはしない言い掛かりをした――なに、かわいい妹の事となると、ついな。あいすまぬ。どうだろう、我が国と貴国の友好を、更に一歩踏み出してよい時期とは思われぬか?」


 官房長官嶋津。彼の目前に『るかるか』一世一代の大博打が迫っていた。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る