第43話 その男、野心アリ。

 政府専用機に乗り込み、日本を飛び立ち11時間。ラ―スロ公国――デルタニア国際空港。そこから車で2時間弱で首都ボルゾァ。およそ13時間もの旅を終えてようや辿り着いた。


 通称レイティア美術館。日本で言うところの総理官邸及び国会議事堂の役割を果たしている。敷地内には国賓が宿泊する施設などがあり、そのこじんまりした応接室に通されて、早2時間が経過しようとしていた。


 しかしながら、なんの音沙汰もない上に通された応接室は『レイティア美術館』の名が泣くほどに質素で飾り気のない部屋。残念ながら来客には格があり、間違いなく最下位扱いをされている。下手をすれば、普段アルバイトの面接に使われている部屋かも知れない。


 親日国であるラ―スロ公国。日本の官房長官を迎えるには異例の冷遇と言っていいだろう。明らかに第三皇女シルヴェ―ヌ襲撃事件の対応が根底にあると考えられる。


(これは想像以上にマズいなぁ)

 官房長官の嶋津しまづは頭を掻いた。嘆いても仕方ない。この応接室に通されて以来、立ちっぱなしの女性秘書大内に手招をし、隣に座るように伝えるが―


「先生。私はそのような立場にありません、お気遣いは…」

(硬いなぁ……アイツの比じゃないぞ……)

 嶋津はため息をついた。因みに嶋津と大内は伯父と姪の関係だ。そして彼の言うところの『アイツ』とは自身の妹のことだ。


 昔から利発なこの姪を嶋津は特に可愛がり、子供のいない自分の後継にと考えていた。地元で県会議員を務める妹もそれを望んでいた。

あいちゃん、ここは辛抱だぞ……」

「はい…でも、先生『藍ちゃん』はやめてください……その、もうそんな歳じゃないですから…」

「そうか?」

「はい」

 大学を卒業して2年。まだ『そんな歳』に見える嶋津だったが、背伸びしたい、というよりしっかりしたいという思いも理解できた。


「先生、出過ぎた発言ですが」

「うん、どうした?」

「そろそろされても」

 嶋津は姪っ子のキリッとした顔を見る。元々低値安定の内閣支持率。


 ここに来て急落している。内閣退陣も真実味を帯びてきた。姪っ子は次期総理の準備の事を言っている。

(まだ青いなぁ……まぁ、誰にだってこういう時期はある)

「藍ちゃん。伏見田との付き合いは長い――」

「しかし、このままでは――」


「違う。そうじゃない『粘りの伏見田ふしみだ』はここからだ。悪運という悪運すべてヤツは持ってる。慌ててたもとかつ時じゃないよ」


 そんな話をしながらも、流石に待つのが長くなってきた。日本との時差はマイナス7時間。つまり日本ではもう野党が攻勢に出ている頃。盟友としては援護射撃のひとつでもと、焦りを感じ始めていた嶋津だったが――


 しかしながら呼ばれてきた身ではなく、押しかけたと言っていい。そもそもの始まりが、総理の伏見田の『ひとまず頭を下げてきてくれ』なのだ。


 そんなザックリとした訪問。多少待たされたくらいで、怒るわけにはいかない。何よりさしたる『手土産』もないのだ。


 低迷する支持率を更に急落させた『ラ―スロ公国第三皇女襲撃事件』の釈明にやってきた嶋津。しかも総理の伏見田の丸投げと言っていい状況。


 とばっちりと思える現状も、考えようによってはチャンスなのだ。しかし同時に失点の危機でもある。


 秘書で姪っ子の大内藍には、ああ言ってたしめたものの、総理総裁を狙う嶋津しまずにとっては、少なくとも失点だけは避けたい。

(それにしても丸投げ過ぎて……どうしたものか)

 伏見田総理からは、ただ一言『頼む、任せた』だけだった。

(どうなっても知らんぞ。そもそも手元に資料らしい資料がない。即興でやるしかないのか……)


 長距離移動と困惑に疲労感が増す嶋津の耳にようやくドアをノックする音が届いた。


『嶋津さま。オドレイ閣下がお待ちです。こちらへ』

「あぁ、ありがとう」

 立ち上がる伯父の手伝いをすると見せかけた、秘書大内は伯父の耳元でオドレイ閣下と呼ばれた人物の経歴を伝えた。


(オドレイ・フォン・フェイュさま。ラ―スロ公国第二皇女。日本で襲撃をされたシルヴェ―ヌさまの姉君。王族を代表する超武闘派。第七強襲部隊軍団長。シルヴェ―ヌさまを特に愛されている方です。残念ながら…最も手強い方と……)


 官房長官の嶋津は許されるなら、天を仰いでいただろう。それほど手厳しい人選なのだ。温厚で有名な皇太子ミカエルどのならと、淡い期待を寄せていたふたりの望みは儚く砕けた。


 □□□□

 迎賓の間――などではない。招き入れられたのは皇女オドレイの執務室。完全に来賓者としての扱いは受けていない。しかし嶋津はそんな、ちっぽけなプライドにこだわっている時ではない。

 立派な彫刻が施された応接テーブルで向かい合ったものの話し合いに挑む空気ではない。

 入室に際しふたりには小型のヘッドセットが手渡されていた。通訳の為のものだ。しかしAIによる通訳が先ず彼らにに届けた言葉は、一切の社交辞令を排除した物だった。


 第二皇女オドレイは開口一番、怒気を隠すことなく静かに言い放った。


「まずは聞こう。両国の友好を示すためと、我が妹シルヴェ―ヌを名指しでの訪日を実現させたのは貴国。何故シルヴェ―ヌの身の安全も保証出来ぬ。よもや、今回の件『』と貴国がのことではあるまいな」


 官房長官嶋津は一瞬呼吸を忘れた。彼自身が想定していた内容は、皇女シルヴェ―ヌに対しての警備の不備。隠蔽とも取られかねない、事件後の共有の遅れ。


 この2点に対して今後の対策だったのだが……まさか『中友連邦ちゅうゆうれんぽう』いわずと知れた中国を中心とした経済協力圏。実態は軍事に至るまでの共同体。


 中友連邦に加担している……なるほど、今回の冷遇はその疑いからか。しかし、この疑いを解かねば……ラ―スロ公国との友好にヒビでも入れば、レアメタル『840ハチヨンマル』入手は困難になる……経団連の突き上げどころの騒ぎでは済まない。


 唯一残された先進国としての地位。それは立体式半導体『クロス・キュ―ブ』の製造……もし、ラ―スロ公国からレアメタル『840ハチヨンマル』の調達が困難になれば……二度と先進国に返り咲くことは出来ない。


 どんな条件を飲んだとしても、友好関係を修復しなくてはならない。

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