第41話 荒ぶる事務員、小暮さん。

 なるようになるさ…なったことないけど。オレはそんなことを考えた『不法侵入』と引き換えに浅倉さんと撮影クル―が何とかなるなら、十分だろう。


 オレは横並びに立つ浅倉さんよりほんの少し前に出た。庇う必要が生じなければいいが、ここで気を抜いていいわけじゃない。


 撮影クル―とオレが身構える中思ってもない方向から声がした。しかも場違いに間延びした感じで。


「君がぁ、斎藤くんですかぁ…、来たら事務室の小暮に声掛けてくださいってぇ……!」


 現れたのは見知らぬ女性。身長は高めでキレイなショ―トボブをパタパタと跳ねる感じで近付いてきた。しかも舌打ちされた。


「?」

「覚えてないんですかぁ、もう! しょうがないですねぇ、ホント! あれ? ?」


「小暮さん…どうして彼に電話を」


「困るからですぅ!」

「困る…君が?」

「そうですよぉ、退学になったきり私物取りに来ない方、多いんですぅ! 勝手に捨てれないし保管するにも限度があるしぃ、忘れた頃に取りに来たりでぇ。だから『事務室に声掛けて』って…違う生徒さんの私物と間違われても困るんですぅ!」


 状況がまったく読めない僕の腕を浅倉さんが小突く。小声で『わかんないけど、合わせて』とだけ。


「すみません、入学して何日も来てないんで――事務室に寄らないと、ってのはわかってたんですけど…」


「迷子? 。学校辞めてどうするのか知りませんけどぉ、働くにしても、何にしてもしっかりしなきゃね?」

「すみません……」


 オレは浅倉さんに言われた通り合わせたら、『小暮さん』がやってくれた。この人……助けてくれているのか? 探り探り見守ろうとした矢先、小暮さんが絶叫する。


!? これ、カメラ……どうしたんですか、事故ですか! とかですか、事務長!?」


「こ、これはそう……林田くんと成宮くんが…


!? 冗談じゃないですよ、どうするんですか、プロのカメラなんて『うん十万』ですよ、校内ですから……事務長、保険! 保険使えるかもです! あっ、でも審査ってめっちゃ時間掛りますよ、ないと大変ですよね? 不注意なんですよね!!」


「えっ、まぁ……仕事に支障はでるわねぇ…困ったなぁ」


 浅倉さんは思ってもない振りに戸惑いながら答える。

、事務長! なんですよね! べ、べ、弁償とかですか? 物損事故ならとなのかな……林田先生、成宮監督、その時の経緯は――…」


「小暮さん…そのこちらの不注意なので、学校側が負担します、ほら。保険の審査――時間掛かるんでしょ、ないとお困りでしょうし……」


 小暮さんの口からの警察と出た途端、事務長は話を切り上げに掛かった。


「そ、そうなんですか? じゃあ、一応壊れたカメラ、写真撮りますね。私の…スマホ…で、と。どんだけ不注意すればこんなに壊れんの? 勢いですけど…じゃあどうしましょ、領収書とか私が受け取る感じでいいですか、事務長?」


「あっ、そうして貰えると助かる。小暮さんはもういいよ、後は我々が―」


!!」

「それはどういう意味ですか」


「事務長……それが大きい声では言えませんが校長が……ご立腹でして。みたいで………ちゃんと校門を出るのを確認するよう厳命されまして……しかも、ちゃんと帰したか報告までしろって……何なんでしょうね、私、校長に目の敵にされてません? 私が…可愛いからかなぁ…クスン。もう……行きますよ、ほら。君! えっと…斎藤くんだっけ? 君さぁ、テレビとか見てないの? 今日大臣くんのよ、君のせいで! だからセキュリティとか掃除とかてんてこ舞いよ! 私物は明日以降にして! 教室全部カギ締めてんのよ。下手に開けたら、また何か校長に言われかねないの、退学したんだから、どうせ暇でしょ? 明日以降ね! あっ、森田先生、成宮監督、ご自分の不注意なんですよね! カメラどっか撤去しといてくださいよ!! いや、ちゃんと処分してくださいよ、いいですね? どっか適当なとこ捨てて、私の仕事増やさないでくださいよ!!」


 小暮さんだっけ? 嵐のようにまくり立てて、オレと浅倉さんの腕を抱えて事務長たちを置き去りにして玄関へ向った。その間もくどくどと説教が大声で続いた。これが演技かもと思うと、ある意味ゾッとする演技力だ。


 靴に履き替えエントランスを出た。エントランスの扉が、閉まったことを確認して小暮さんはそれでも小声で囁やく。

(いい? みんなよ、みんな。振り向かないこと。それから今まだ私のお説教が続いてる設定だからね、たまにヘコヘコしてよ、ヘコヘコ)


 浅倉さんはじめオレたちは頷いた。

(斎藤くんだよね、私―君が相談した――常和台ときわだい暑の警官榊原の同級生なの)


(あの人の……ですか?)

(はぁ? 君、怪我してるよね。少しぐらい怪我増えても構わないよね? あっ、って話。君、怪我して頭を打ったの? それとも耳の穴―縫ったのかな?)


(すみません、同級生でしたよね、はい……それよりなんで助けてくれたんですか、助けてくれましたよね?)


(斎藤くんって、不良なの? いいヤツなの? まぁ、どっちでもいいけど。少なくとも君『不法侵入』覚悟でその記者さん助けに来たんだよね、グルなんでしょ?)


(まぁ…仲間です。オレの)

(仲間か。いいな、何やろうとしてんの? 教えて。常和台ときわだい高の中なら力になれるよ、信用してくれてるよね? さっき、あれ命懸けなんだけど、どう?)


(あ――っ、ダメダメ。斎藤君のもう私でパンパンなの。せっかく助けてもらって、素っ気無くて、ごめんなさいね? これくらいの年頃の男子に使気を使わせちゃ、可哀想でしょ? 断りにくいじゃない、助けてもらった


 そこから暫く浅倉さんと小暮さんは、囁やき声でバトルを繰り広げたものの、客観的に見て校内に味方が出来るのは頼もしいので、ラインを交換してその場を去ることにした。


 あの状況を無傷で乗り切ったのはデカい。これも突如現れた小暮さんの度胸と機転のお陰だ。いや、演技力か…








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