第33話 前へ、前へ。

 夜も更けて来た。オレたちにとって明日が初めて私立常和台ときわだい高等学校に仕掛ける――いわば序盤戦になる。


 退学になって数日、戦いの主戦場はあくまでもネット上。情報戦だった。舞美の頑張りのお陰で有利に状況を運んでいる。


 ネット上での優勢は揺るぎないだろう。ネット民にとって私立常和台ときわだい高等学校から発信されるネタを論破するのが流行りになりつつある。


 あと、舞美にコアなファンが増殖中だ。うれしい反面、兄としては心配だ。


 常和台ときわだいが張った罠――三崎しおりが『』で、常和台ときわだいから発信された情報は加工された偽物――的な反撃に手をこちらは染めなかった。


 しおりの顔出しを避けたかったのと、栞が個人攻撃をさせないためだ。結果常和台ときわだいはネット上で攻め手を欠いていた。


 元々こちらから出した情報に対して『被せる』やり口だった。こちらからの発信は続けているが、舞美のガチなフォロワ―により半端な誹謗ひぼう中傷ちゅうしょうはたいして広がることはなかった。


 常和台ときわだい高のPTAは激しく学校側に説明を求めた。しかし教職員からの動きは驚くほど鈍い。舞美が言っていた通り、サッカ―部の成宮監督と担任の林田先生は耳に届くような働きはしていない。

(どの面下げて『オレたちに任せてくれ』なんて言ったやら……まぁ、どうでもいいけど)


「情報を整理したい。直近で動きがありそうなこと、こちらから仕掛けることに絞ります。常和台ときわだいの件。校長及び事務長についての情報を浅倉さん、お願いします」


「校長、古堂ふるどう志乃しの54才。理事長一家の長女。理事長は彼女の父親です。既に高齢の為、彼女が実質的な理事長。何故か彼女の兄が教頭。訳アリぽいけど。ごめん、手が回らない。あまり学校に来ていない。お飾りと考えていい」


「事務長、河副かわぞえ博56才。夫婦別姓ながら校長の古堂ふるどうの旦那。婿養子。相当古い教員じゃないと、このふたりが夫婦だと知らない。子供はナシ。長年の不仲ね。調べたら、いとこ同士の許嫁。河副わわぞえは結婚を考えた相手がいたけど、押し切られた感じね。少し調べただけだけど――良くない噂だらけ。女生徒――黒髪で色白、やせ型の生徒とわかっているだけで5件示談にしてる。手加減はいらないわね」


「ふたりの情報はこんなところ。警察情報だと数回に渡り校長及び学年主任が居留守を使ってる。どうも、事務長が遮断してるみたいね。気になること――事務長の河副かわぞえが今年に入って複数回、弓道場周辺で見掛けられてる。三崎さんが入学してからね。あと、三崎さん。斎藤君のスト―キングしてたってことだけど?」


「はい。に」

「そう…じゃあ、されてたみたい。斎藤君の後をつけるあなたをつける、事務長が目撃されてる」


「えっ、じゃあ斎藤君の退学…私のせい」

「誰もそんなこと言ってない。横恋慕って表現が正しいかわかんないけど、そんなことまで責任持てないから気にしない。それでいいわね、斎藤君?」

「もちろんです」


「えっと、ウチのクル―が。女子弓道部の部室で回収してきたのが『これ』盗撮の動かぬ証拠ね」


 浅倉さんは証拠品として、袋に入れた家庭用のビデオカメラをテ―ブルに置く。

「設置する時に事務長の顔が写り込んでる。三崎さんが回収した感じで警察に提出したら――お縄ね。ウチのクル―が不法侵入したのは内緒ね? このビデオカメラの扱いは三崎さんに一任していい? 斎藤君」


「はい。じゃあ、しおり。頼むな?」

「あっ、はい!」


 浅倉さんはさらっと話すが、十分とんでもないことだ。栞は気丈に返事するが、覗きにショックを受けている。当たり前だ。ありがたいことに、母さんが寄り添ってくれている。


「知り得てるのはこんなとこ。あとニセのホ―ムペ―ジとフェイク記事作った。うちらクル―は常和台ときわだい寄りの記事書いてる、ジャ―ナリストに仕立ててる。んな訳で明日、校長に朝一でアポ済ね。恐らく古堂ふるどう校長に取材したら、事務長が気にしてと見てる。だから敢えて事務長にはコンタクトしてない。してくるようには仕向けてるけど」


「校長にアポ取れたんですね?」

「簡単よ。だって明日昼には文部科学大臣のパフォ―マンス来校があるから。支持率急落中だから、厳重注意みたいな演出しなきゃね。詰まんないね、政治家は」


「面と向かって打ち合わせ出来る最後の機会だから、最終確認します。浅倉さんとクル―の皆さんはこれより、ウチを出ます。さすがに明日ここから常和台ときわだいって訳にはいかない。オレたちとニセ浅倉さんとの繋がりが、学校にバレると潜入取材がパ―になる。学校関係は浅倉さんに任せるということで」


「了解。斎藤君、政府から明日点数稼ぎに『副大臣級』がココに来るわ。目的は同じ支持率回復のため。斎藤兄妹を総理官邸に招いて取り込み工作『自分たちが解決したぞ、アピ―ル』どうするの? それ受けたらその先の計画進めにくい。でも断り方次第で不必要な敵作るわ」


「浅倉さん。私、手を打ってます」

「舞美ちゃんが?」

「はい。動画で調発信してます」

「体調不良?」


「はい。体調悪い舞美を置いて家離れられないって言い訳します。そこを『副大臣級』が強引に来たら、ネット民の反感買うでしょ?」


「な―るほど。ウソはシンプルな方がいいね。舞美ちゃんが体調崩してるから玄関先だけの対応もおかしくないし……」

「なので、オレと栞は明日は基本待機です。舞美は仮病。家でのメディア対応は父さんと母さんに」


 そしてオレが1番気になっていたふたりに話し掛けた。

「シルさん。ジェシカさん。使。本国に政府専用機で官房長官が向かってるってニュ―スが。ここにいるのは、かしこい選択じゃない」


 突き放すような言い方しか出来ない、自分の力不足を嘆いても仕方ない。前に進まないと。オレは自分に言い聞かせた。前へ前へ、だ。



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