第32話 欠けている情報。
「情報が足りない」
オレのつぶやきにマッハで反応したのは浅倉さんだった。
「だよね、だよね、だよね〜〜! 足りてないよね~ホント、お姉さん! 大好きよ! いや、愛してる! そうそう! そうよ! 足りてないピ―スあるよね? 何々聞かせて! 暑苦しいでしょ? ごめんね、でも我慢して! 無理! 抑えらんない! もう、メロメロよ! 何足んない? これぴったんこだったらもう、運命よ! ディスティニ―!」
自分から『暑苦しい』と言われると案外そうでもなかったりする。すり込みみたいなもんかな? わかんないけど。意外と面倒くささは感じない。
「学校関係……特に校長と事務長の周辺――ですかね」
まぁ、別に外れてもいい。そう浅倉さんの期待に応えるために、やってる訳じゃない。今までがむしろまぐれで、偶然期待に添っただけのこと。そんなことより『全面戦争』を口にするなら、戦う相手を知らないと。オレは何も知らない。
「浅倉さん。潜入取材というか突撃取材、無理ですか。その変装して身分隠して……昨日の記者会見で浅倉さん面割れてるから」
浅倉さんは両手を自分の頬にあてて、片方の人差し指で『ポンポン』とリズムを取っていた。そのリズムが途絶えて目を閉じた。
「お母さま〜〜」
「はい? なんです浅倉さん」
浅倉さんはオレではなく、少し離れた食卓のイスに座っている母さんに話し掛けた。
「質問なんですけど。息子の嫁って、やっぱ同じ年くらいじゃないと、嫌ですか。反対しちゃう感じですか? 例えばこっきり10歳年上とか」
「別に〜〜本人次第。本人がいいならいいって感じ」
「そうですか、それは安心。その時はよろしくお願いします、お母さま」
浅倉さんは軽く咳払いをして、オレの方を見た。体ごと方向を変えて。それからス―ツケ―スをゴロゴロとリビングに運び込み、不敵な笑みを浮べて笑った。
「うん、ここまで合うと運命なんて安っぽいセリフ吐いちゃうね。三崎さん、ちょっと手伝って――」
「私ですか? はぁ…」
三崎さん、改めて
明らかに『温存』している。無駄に出てきて決戦の時に役に立たないのは、避けなければならない。オレは浅倉さんの質問の答えが正しいか、確認していない。合っているか、そうでないかはさっき言ったが関係ない。
オレには学校の情報が必要で、浅倉さんはそういうことに長けていた。情報関係で浅倉さんの右に出る者はいない。浅倉さんが無理なら、今の他のメンバ―では難しいだろう。その時は別のやり方を探るしかない。
「どうかな? 斎藤くん。割りと似てない?」
そこには黒髪のウィックを被った浅倉さんがいた。髪型は完全に三崎栞だ。変装…しょうとしてるのか? 顔のつくりも似てなくはない。しかし、栞に扮しての潜入となると、かえって目立つ。事務長にマ―クされる。
―ということは、三崎栞になりきっての潜入はない。背丈も栞の方が10センチとまでは行かないが高い。
「これの狙いは?」
「あら、意外わかんない? 疑似三崎栞よ。オトナ栞って言っていいかな? 私の勘が正しいなら、これ――結構行けるはず。恐らくね、被害者は……黒髪ロングで白い肌。三崎さんから想像するに、普段の三崎さんはスカしてるなら、芯のしっかりした女子ってとこ」
オレは栞の顔を何となく見た。照れて目を逸らすが、中学の時の記憶だとこうじゃない。見られたら見返す、そんなキツいところが確かにあった。
「つまり、どういうことですか?」
「ん……? 勘だけど、そういうタイプ――しっかりして、プライドが高そうで黒髪。清楚なヤセ型を力ずくで服従させたいタイプなんじゃない? 気が強くて、生意気な顔が歪むのがお好きなのよ、事務長さんは。心底クズね」
「でも、年齢は?」
「はぁ? ちょっと今の発言
つまりは浅倉さんは既にオレから潜入取材――突撃取材とも言うべきか。そういう依頼が来るのを想定していた。そして栞から得ていた情報で、自分なりにプロファイルを終えていた。
相手が食いつきそうな、見た目にウィックまで使って『寄せていた』のだ。そうなると、気になる部分がある。
「浅倉さん。そうなると…見た目を栞に寄せてるわけですよね?」
「まぁ、そうなるね。変装して入れ替わるわけじゃないから。三崎さんの10年後みたいなイメ―ジよ、なんで?」
「あの! 寄せても寄せきれない…寄せて上げられない現実ってないですか!?」
「はぁ!? かぁぁぁぁぁ!!」
オレの心の叫び、いや、魂の
「な、なんでそんなと言うかなぁ!!」
オレは栞に我が家のトイレに監禁され、壁ドンからのゼロ距離だ。
「寄せて上げられない現実って……斎藤くん、どういう意味? まさかゆくゆくはBカップという高みを目指そうとする私の…胸だったり!? いや、違うよね? そんなワケないよね? だってほら、さっき脱衣所で待っててくれてる時――今してるブラ触ったよね? ウソついてもダメ。2センチ動いてたもん。私……黙ってたの優しさからだよ? えっ? まさか斎藤くんって女子の胸の大きさで優劣付ける感じなの? えっ? まさか巨乳至上主義者なの?」
三白眼!! 白目広ッ!! 怖い怖い怖い怖い怖い!! だ、駄目だ!! 今恐怖にねじふせられたら――取られる!! 命的なもの!! 今大事なのはここを乗り切ることじゃない! 表面を繕っただけの嘘なんて見破らる。今大事なのは――折れない心だ。
「いい加減にしろ。オレ別にお前の胸悪く言ったか? 浅倉さんが事務長に何か仕掛ける、栞に寄せる――それじゃ、もし相手がお前のチャ―ムポイントを胸だと思ってたら――?」
「えっ? チャ―ムポイント…貧乳なのに?」
「ダメだな……何で何でもかんでも自分のこと卑下して。どうせなら『微乳』とかにしろよ。あとな、オレ別に胸で選ぶわけじゃねえし。好きになった人なら別になんだけど、胸の大きさ」
「そうなの?」
「うん、でもさぁ……お前トイレに男連れ込むのは止めとけよ?」
「あっ、うん。ごめん…ありがと」
死中に活あり……よし、この難局を乗り切ったんだ、事務長? 校長? なんぼのもんじゃい! 掛かって来いや!!
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