第25話 全面戦争。
リビングに戻ると母さんの小さな悲鳴がした。いつもは冷静で、我が家の分析官的な立ち位置の母さんが。
「どうしたの、母さん?」
「ちょっと、ジュン。お友達来てすぐ土下座してるけど…」
「土下座!? み、三崎さんが」
オレはマイたんと顔を見合わせた。土下座なんて普通じゃない。オレと三崎さんは、そんな土下座するような関係じゃない。
いや、土下座をする関係ってのも変だ。でも、中学時代同じクラスだったくらいで、高校は別のクラスだ。
私学なんで数少ない顔見知りではあるが、異性ということもあり入学してから話はしてない。当然避けているわけでもない。それがいきなり土下座なんて……
(どう思う?)
(ビンゴなんじゃない?)
(ビンゴ――学校にチクった女子生徒ってこと?)
(間違いないわね。でも…事故かも)
(事故か…わざとじゃないってこと?)
(たぶん…何にしても兄さん。本人に聞くほうがいいわね)
オレとマイたんは急ぎ三崎さんをソファに座らせた。
□□□□
「少し…落ち着いた?」
「いえ、その…まだ。言ってないし、謝んないと。だから…」
「あの…先に言うけど、誤解じゃないの? そのオレの中じゃ三崎さんに悪いイメ―ジなんてないし、知ってる範囲だけど――土下座しないといけないこと出来る人じゃないと思ってる。話は聞くけど、責めたりはしないつもり。だから思いつめないで話して欲しい。ゆっくりでいいから」
「はい…」
消え入るような声で返事をする。オレの言葉で緊張が解けたとは思えない。母さんが出した冷えたお茶を持つ手が震えている。
何回か口を開きかけて、言葉を飲み込むを繰り返した。周りは根気よく待つと決めたが、本人はそうにはいかない。捻りだすように言葉を繋いだ。
「あの日…私、斎藤君の後ろを歩いてて……その部活の帰り道」
「部活……三崎さん弓道してましたよね。高校でもしてんだ」
「はい。私毎日待ってて…サッカ―部が終わるの。ごめんなさい。スト―カ―みたいだよね、うん…」
どうしよう、考えてたより直球がきた。舞美――どっちかは別として、三崎さんのオレへの手紙を隠したことには変わらない。
オレは今更その手紙を読んでいいかわからない。なので、三崎さんの気持ちは宙ぶらりんで、どこにも辿り着いてないように思えた。
オレの軽い溜息に続きマイたんが口を開く。兄妹だからか、マイたんの緊張がオレの中に勢いよく流れ込んでくるみたいだ。
「ごめんなさい、私のせいです!」
マイたんは座ってたソファから床に正座し、頭を下げた。三崎さんがしてたように土下座する感じだ。
「あの……?」
まぁ、そんな反応になるわなぁ…しっかりとしている方の妹のはずなんだけど、こと自分のことになるとポンコツらしい。
仕方ない、どっちもかわいい妹には変わりない。助け船を出すとするか。
「ごめん、三崎さん。こいつオレのことが好きすぎて三崎さんの手紙隠したみたいで。オレつい最近知って。でも今更読んでいいかわからなくて……」
「え? じゃあ、斎藤君。読んでないんだ。その…手紙」
「うん、ごめん知らなくて」
「よかった…」
「よかった?」
「あっ、いえ。その…手紙の内容が、内容で……それで引かれたのかと……」
「内容が内容?」
「はい、なんて言うか…ポエミ―な感じって言いますか。ポエマ―なんです、私」
「ポエマ―……」
オレは先程からダブルシュ―を頬張るシルさんを見た。視界に入ったジェシカさんは首を振る。本人にはその自覚がないらしい。
そういう意味では三崎さんより数段上を行く生粋のパエマ―なんだろう。なにせ国中を相手にポエム会見を開いた強者だ。どういうことか、最近オレの周りはポエマ―が増殖中だ。
「あっ、でも。私が斎藤君のスト―カ―である事実は変わらないわけですから」
「でも、私が三崎さんの手紙を隠した事実も変わりません。ヤキモチ焼きでごめんなさい」
「し、仕方ないです! 斎藤君みたいなお兄さんなら、私だって欲しいです!」
「ですよね! あっ、でもダメです。あげれません!」
何か励ましあっていい感じになってる。ふたりには悪いが話の行き先がわからない。
そもそも、なんで三崎さんが我が家に来てまで土下座の必要があるのか、まさかポエミ―なラブレタ―を送ったことへの贖罪なら重すぎる。やっぱり例の女生徒か?
「私、あの日も日課になってるストキングをしてて……」
誰も何もツッコまない……日課になってるスト―キングって言ったけど? えっと、なんか聞き返しちゃダメな空気だけど……
「そしたら、あのバス停での騒動に」
「目撃したんだ」
「はい…私そこそこ盗撮もしてて。その時のことも撮ってたんです。あと、斎藤君の無実が証明出来たらって警察署に入るところも写真撮ってて……」
この際、スト―キングと盗撮のことは目をつぶろう…三崎さんはあの日バス停にいて、学校側が言ってる『女子生徒』の証言として利用された……それで今日謝りに来たわけだ。
最近、舞美の動画に対抗すべく私立
その動画と写真は質の低い加工が施され、ネット民の餌食になっていたのだがベ―スになる動画と写真は、三崎さんが撮影したものらしい。そのことを気にしてるなら――
「私撮った動画とか、写真で斎藤君悪くないって学校に言って退学処分なしに出来ないかって……そしたら映像のコピ―あれば証明出来るって。だからコピ―して渡したんです、事務長に。でも公開された動画は私が撮ったのと違って……そのこと文句言ったら『君も同罪』だって……それで……事務長に脅されて……援交みたいなこと要求されて……どうしたらいいかわかんなくて……私どうしたらいいか……」
オレはため息をついた、深々と。正直、私立
舞美と相談して来年同じ高校に行くのも、そう悪くないと思っていた。舞美はふたつ下だから、1年間はひとりだけど。
ラ―スロ公国の申し入れを受け、本国での生活を要求されるなら、それでも構わないと思いかけていた。だけど――
「父さん、母さん」
「おうよ!」
「はいな!」
「舞美、シルさん、ジェシカさん……悪い」
「水臭い…」
「ハイ!」
「仰せのままに」
『全面戦争だ! 私立
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