第18話 この胸の高鳴りを届けたい。

 気のせいか、女性陣ふたりの目の奥に、邪悪な光を感じた。オレは本能的に悟った。オレに残された道はふたつ――




 ひとつは、状況すべてを受け入れ、演者として、生涯をまっとうするか――何もかも捨て、逃走するか……逃走する唯一の手段は、無条件でオレの味方をしてくれる、ヤンデレ妹の『マイたん』をり起こすしかない。




(やってやるぜ……オレとヤンデレ担当『マイたん』との絆は、伊達じゃないぜ!)




 オレは『マイたん』に聞いていた発動条件――『私に逢いたいならって呼んで』そうオレに告げた、儚い横顔を思い出していた。そうだ、オレにはマイたんがいるじゃないか。ふたりで静かに田舎で暮らせばいい――日本政府だ? 高校生だっての! いや、高校退学になったけど。





 残念ながら、オレの現実逃避はここで、終わりを告げる。さらば平穏な日々よ。

『コツコツ』と大理石の床に刻まれる足音。それが、ある時点から速度をあげ、刻む間隔が短くなり、そして、確かにその刻まれる音を全身で感じた。




『わぉ……ジュンイチさん!!』




 振り向いた瞬間――見慣れたと言えば、言い過ぎだ。見慣れてなんかない。慣れるわけない。何度見ても見足りない――




「シルさん――」




 アイボリ―ホワイトのシックなワンピ―スに身を包み、頭には同系色の髪飾りが、彼女のしなやかな、ブロンズの髪を束ねていた。光沢のある赤茶色の髪を、宙に舞わせて、オレの胸の中に飛び込んだ。彼女の首元から、ほんのりクチナシの匂いがした。




「ジュンイチさん、私寂しかったデス! たった3日逢えなかったダケなのに……胸が、苦しいデス。ジュンイチさんは、ドウですか? 平気デシタか? 私を思い出してくれましたか?」




「オレも寂しかったです。その、思い出すというか……ずっと考えてました、シルさんのこと」



「わぉ…私はこの上ない幸せ者デス…」



 シルさんは、オレの胸から顔を離し、じっと目を見ながら呟いた。そしてオレが彼女に対して、特別な感情を抱いた理由を理解した。

「舞美さん…」

 シルさんは少し離れた所に、ぽっんと、所在しょざいげに立つ舞美に駆け寄り、抱きついた。オレよりも強く、抱きしめられた舞美は、照れくさそうな目をした。




「舞美さん! とっても頑張り屋さんデス!! 私見ました、アナタの動画! 感動しました、アナタのジュンイチさんを思う気持ち、素晴らしいデス! 私少しヤキモチでした!」

「ヤ、ヤキモチ!?」

「ソウですよ! スゴク仲いいですから! アナタは私の自慢デス、誇りデス! 私のとても大切な……ともだ…」

 そう言いかけたシルさんに首を振り、見たことのない、上気した顔で舞美は――




『妹です、あなたの……』

「わぉ…いいのですか? 私が、その……」

 舞美と目が合った。イタズラな笑顔を浮かべた舞美は、わざと聞こえないようにシルさんの耳元に囁く。残念ながら、ここからは先は女子同士の内緒話らしい。




 □□□□


 すこし離れた場所で、浅倉は撮影クル―に、申し訳なさそうな顔を見せた。

「ごめん、なんか…変えたい」




「―と言いますと?」

「うん…最初ね『!』とか『!』みたくしようとしたの。実際そうだし、その方が目を引くのは間違いない。でもなぁ……」

「若いもんに、浅ちゃん?」





「ん……どうだろ? そうなんだね。!! 認める! 、ほら! してない? なんて言うんだろ? 眩しい! 目が眩むっていうか、見ててたい? いや、年齢的に見守りたいかな? あんなキラキラ星人、私ダシに使えないや、そんなことしたら『』じゃなくなる!! そんなのダメ、絶対!! こういうのどう? 寄り添うの! 若い子ちゃんの心情に! 甘いかな? 甘いよね…でも、甘くてもよくない? だってあの子たち、!  いや、青春の甘酸っぱさ、独り占め的な?」





「しゃあねぇな! スク―プ大賞はお預けか~~」

「メンゴ!!」

「軽いよ、もう!!」



 余談ではあるが、浅倉たち撮影クル―が取材した映像は――この年の『ドキュメンタリ―部門』の特別賞に輝くことを、まだ誰も知らない。



 □□□□


 ラ―スロ公国国営放送の取材は、中断したかと思いきや、残念ながら衛星生放送だった。ジェシカさんいわく、王族で、もっとも人気のあるひとり『第三皇女殿下』に抱きつかれて、彼女の背中をさすった事実が本国に生放送されたわけだ。




 控えめに言って、シルさんの熱狂的な狂信者オタクに、暗殺される未来しかオレにはない。そう思うと変なもんで腹が座った。




 ラ―スロ語は他の言語と違う。そういう意味では、日本語も同じかも知れない。耳にはいる言葉から『何となく聞き覚えのある』単語や響きが、見つからない。ただ表情や、柔らかな声の感じで、何となくわからなくもない。何かこう、旋律のような、そんな不思議な響きのある言語だ。




 オレは、シルさんがカメラに向かい話す、言葉ひとつひとつを、テレビの向こう側にいるだろう、国民に対して、丁寧に届けようとしているのだけは、わかる気がした。




「おわかりになりますか、順一さま」

 ジェシカさんが、そっと背後から話し掛けて来た。オレはシルさんに逢えたこと、舞美の努力が、誰かの心に届いたことで、気が抜けていた。なので、少しおどけた感じで、首を振った。




「全然です、すみません。シルさんは何を話しているんですか? その熱心に…」

「あ……っ、それはですね…」

 いつもは、よどみなく話すジェシカさんの言葉が、詰まる。もしかしたら、オレが聞いてはいけない、政治向きの話なのかも知れない。





「すみません、日本人のオレが、聞いてはいけないことなんですよね?」

「いえ、そういうわけではなく……何て言うか……簡単に申し上げると――」

「はい?」

「はぁ?」

「――ですから、先ほどから、お嬢様は使順一さまへの、熱い胸の内をですね…」




「ご冗談を…」



 流石にそれはないだろ……シルさんは確かに、天然みたいなところはあるが。そこは第三皇女らしく、びしっと……ん? どうしたことか、舞美が真っ赤に耳まで染めている。堂々としてる、と思っていたが、意外に緊張してたんだな…




「どうした、舞美。顔が赤いぞ?」

 オレは、軽口でからかうように言った。すると舞美は自分のスマホを、オレに見せた。


「お兄ぃ、さっきから私、同時通訳アプリで聞いてんだけど…」

 それでイヤホンをしてるのか……しかし最近なんでもアプリあるな、なんかすげえなぁ。なんて考えていたが、舞美はオレの腕を引っ張り耳元で話す。




(どうした?)

(お兄ぃ、大変だ……シルちゃん、さっきから永遠、お兄ぃへのを語ってる!! 黒歴史コンボしてる!! 私なら、ひと晩中布団で頭抱えて『死にたい』連呼したくなる級のヤツだ! しかも、映像で残されるなんて拷問!!)




 またまた、そんなオレの心を砕きさるように、舞美は片方のイヤホンをオレの耳に強制的にさした。


 あ……これ電波に乗せちゃダメかも……


 しかし、シルさんはそこから15分に渡り、放送事故級の特大恋バナを、爽やかな顔で語った。















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る