第17話 美談というスパイスはどうでしょう?
「ホントなの、それマジモンなの!?」
オレたちは浅倉さんが、運転する、取材用のワンボックスに、乗り込み『ラ―スロ公国』の大使館に、クルマを走らせた。彼女らに対し、取材の許可が下りたのだ。日本のメディアとしては独占取材と言っていい。
浅倉さんの運転が激しいのか、クルマがオンボロなのか。曲がる度に、車体が悲鳴を上げた。車内にはタバコの吸い殻の匂いに溢れていて、オレはその匂いにハ―ドボイルドな空気を感じた。
クルマが曲がるたびに、隣の舞美が左右に揺れた。シ―トベルトしているのだが、その役目を果たしているかは疑問だ。
「浅ちゃん、ネットくまなく探したけど――日本政府の発表はない!! マジで大山かもだぜ! お姫さま襲撃の件、隠ぺいの可能性、
「みんな、いい? もしよ? もし、土壇場で『あちらさん』が取材断っても、この子達責めないこと!! 一生に一度のハイライトよ!『桜の知らせ』も『春の訪れのツクシ』の取材もいいけど! うちらコレやりたくて、この世界入ったんだから、恨みっこなし!!」
バックミラ―越に、浅倉さんはオレと舞美を見て話し掛ける。
「舞美ちゃん、順一くん。ホントありがと。この先どうなるなんて関係ない! 私言うの。歳取って死ぬ間際に『あの時が人生最高の瞬間だった』って! 周りの人たちは『あの時』が、今だってみんな知ってるわけ! だってそうでしょ? こんな最高の瞬間、私この先出会った人みんなに、言ってやるの! なにこれ! 生きてるってこういう事なんだ!! 冬にお風呂入る瞬間だけしか知らなかった!!」
浅倉さんはじめ、取材クル―の皆さんは、口々に喜びや興奮を緊張の声と共に上げた。オレだって変わらない。握った手のひらは汗で、びっしょりだ。オレは自分の手のひらを見た。すると、舞美はオレの手に手を重ねて、言ったんだ――
『もう、引き返せないよ。お兄ぃ――大丈夫、家族が付いてる、いつだって」
自分に言い聞かせるように、舞美は何度か繰り返した。オレは恥ずかしかったけど。今しか口に出せないから、言葉にした。
『お前は、最高の妹だ』
□□□□
「ラ―スロ公国の大使館に、他国の取材が入るの、今回が初めてだって――」
浅倉さんは、化粧直しをしながら、自分に言い聞かせた。口紅を握る指先が、僅かに震えている――武者震いよ。目が合ったオレに彼女は強がった。正直強がる浅倉さんは、かっこよかった。
オレたちは、ジェシカさんに案内され、大使館内に足を踏み入れた。シルさんが襲われた事件の後、ということもあってか、体格のいい護衛の人たちの、姿をよく見かける。
「順一さま、舞美さま。こちらへ」
オレは、ジェシカさんの言われるがまま、浅倉さんたちと離れついて行った。
連れられて行った先には、明々と照らされた照明。
「あれは…?」
「我が国の国営放送のスタッフです。シルヴェ―ヌさま、襲撃の件本国の指示で、内密にしてまいりましたが、そちらの取材を受ける以上、これ以上先には伸ばせません……国民には知る権利があり、我々には、知らせる義務があります。この度ここまで、報道を控えたのは、日本政府に対しての配慮とお考えください」
ジェシカさんの声色から、日本政府の対応に不満を、感じているようだ。
「先に申し上げますが、今回の日本政府の対応は――我が国の国民に、不快感を与えるでしょう。シルヴェ―ヌさまは、もっとも人気の高い王族のおひとり。その方が襲われ……少なくとも、誠意ある、対応であったとは思えません」
「なるほど……」オレは理解は出来るが、意見を口に出せる程の知識を持っていない。そのことをジェシカさんは、承知の上なのか、何度か頷いて本題に入った。
「しかしながら、今回の件は仕組まれたことです」
「仕組まれた……?」
「はい。シルヴェ―ヌさまは、単に不良学生に絡まれたのでは、ありません。おふたりは『
オレは舞美の顔を見た。舞美からは『知っていると言えるほどは』そんな感じだ。なのでオレも素直にそう答えた。
「EUみたいなものとしか……すみません」
「いえ、今はその理解で問題ありません。乱暴ではありますが中華版のEUと今はご理解ください。その『
「誘拐未遂……」
「はい。そんなこともあり、日本政府は調査に、手間取ったのでしょう。相手は潜入のプロです。逃走も痕跡は、残さなかったでしょう。なので、もしここで『日本政府が、シルヴェ―ヌさま保護に消極的』だったという間違ったメッセ―ジを、我が国の国民に送るのは『
「つまりは、事実は隠さず『耳障りのいい』真実で覆い隠すと?」
「驚きました。舞美さま……えぇ。現時点ではそれが最善かと。ひいては順一さまの退学問題も好転するのではと」
「お兄ぃ、仕方ない。これで行こうか」
「え? いや何がこれなんだ?」
舞美とジェシカさんは、なぜかいい顔をし、雑談をはじめたがオレにはさっぱりだ。情けないが、オレは舞美の服の裾を、引っ張って説明を求めた。
「だ・か・ら! お兄ぃがシルちゃんに、したことを隠さず表に出すの。そうしたら『日本政府の対応の遅れ』という不都合な真実が『美談』で覆い隠せる。政府の失態を、
舞美は妹とは思えない、魅力的なウインクをしたが、オレは騙されない。つまり、オレに客寄せパンダになれと? さすが、オレの愛しき妹さまだ……
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