第15話 我、橋頭堡を確保セリ…

「お嬢様。先ほど本国より連絡がありました――」



「そう……」

 斎藤家を後にしたシルヴェ―ヌとジェシカ。黒塗りの高級車でラ―スロ公国大使館へ戻る車内。

 本国よりが下りた報告をジェシカによりもたらされていた。




『ある許可とは』斎藤順一をシルヴェ―ヌ・フォン・フェイュ――『ラ―スロ公国』第三皇女殿下の主席護衛官――姫君の騎士ナイト・オブ・ザ・プリンセス就任の許可である。




 実のところ、お姫様の騎士ナイト・オブ・ザ・プリンセス任命は、シルヴェ―ヌ本人にある為『許可』は、あくまで『追認』に過ぎない。

 余程のことがない限り『不許可』になることはない。




 しかしながらこの『お姫様の騎士ナイト・オブ・ザ・プリンセス』の任命に対し干渉をする勢力――経済圏が存在した。

 それは中国を中心とした『中華友好経済圏連邦』通称『中友連邦ちゅうゆうれんぽう




 中国及びアフリカ、南米、アジア、欧州と広範囲に広がる、世界最大級の経済圏のひとつ。

 表向きは経済、政治のおける国家共同体であるが、実態は『政治』『経済』に留まらず『軍事』も含む、共同体でであった。




 しかしながら、中友連邦ちゅうゆうれんぽうの目下の関心事は、あくまで『経済』活動であり、その主な関心事が、北欧の小国『ラ―スロ公国』とは無関係ではなかった。





 北欧の小国『ラ―スロ公国』の実態は、次世代AI産業の覇権を、左右するであろうレアメタル。通称『840ハチヨンマル』世界最大の埋蔵量を誇る『資源大国』であった。AIの小型高性能化において、不可欠なのが、立体式半導体『クロス・キュ―ブ』である。





 立体式半導体『クロス・キュ―ブ』――各国が競って、開発を行うなか『ラ―スロ公国』は、その生産に必要な、レアメタル『840ハチヨンマル』の多くを自国消費と『資源大国』になる以前からの友好国であった『日本』に輸出していた。経済大国陥落目前の日本にとって、この分野は最後の砦であり、聖域であった。




 そしてその最後の砦は『北欧の親日国』により維持されている訳だが――





 しかしながら、中友連邦ちゅうゆうれんぽうは日本に流れている『840ハチヨンマル』が、喉から手が出るほど欲しい。数度に及ぶ交渉も実らず、中友連邦ちゅうゆうれんぽうは業を煮やし、非合法な手段に出た。




 それが、第三皇女殿下を手中に収め『安定的』確保しょうとしたのだ。




 お忍びでの訪日とは言え、今回の第三皇女殿下シルヴェ―ヌ・フォン・フェイュ襲撃事件は、両国の友好関係始まって以来の、大失態となった。

 期せずして『斎藤順一』の行動により、辛うじて体裁ていさいを保つことになったのだが……両国間の友好に、少なからず影を落とすこととになる。





 来日中の『要人中の要人』であるはずの『第三皇女殿下』の身の安全を、保障できないとなると、平和ボケでは済まされない。

 しかも襲撃者は、中友連邦ちゅうゆうれんぽうの手の者と




 思われる、と表現される理由わけ、それはあろうことか、襲撃メンバ―の確保に至っていないのだ。そう、ただの一人もだ。そして後手に回った、総理官邸は、首の皮一枚の活躍を示した功労者が誰で、彼が今現在『どういう事態』に陥っているかすら、把握出来ていないのだ。




 ラ―スロ公国の決断次第では、経済大国陥落は必定。幸い、亡国の憂き目に危機感だけは、何とか総理官邸にはあった。




「うれしくないのですか?」

 浮かない表情のシルヴェ―ヌに、ジェシカは声を掛ける。守役もりやくであるジェシカは、もう10年来の付き合いなのだ。主君の心の内など『手に取る』ように理解していたが、そこは素知らぬ振りをした。




「ジュンイチさんには側にいて欲しいデス。ただ、彼は民間人デス」




 主席護衛官、お姫様の騎士ナイト・オブ・ザ・プリンセスになる以上、それ相応の危険が付いて回る。しかし、主君の悩み事の処方箋を、用意せずに話を振るジェシカではない。軽く咳払いしシルヴェ―ヌに向き合った。




「その点は、王太子ミカエルさまも、ご憂慮されておられるご様子――」

「兄上さまが……」

 シルヴェ―ヌの瞳は更に曇る。父王から許可が出たとは言え、次期国主であるミカエル王太子からの『憂慮』は即ち――緩やかな否定に、他ならないのだ。




「そうですか。ミカエル兄さまが……」

「えぇ…ご憂慮――ご心配されている、と言った方が近いかも知れません。ミカエルさまは順一さまご就任にあたり『お力添え』を下さると」




「兄さまがお力を……?」

「えぇ…斎藤順一さまに『』をがあるとのこと」

を!? ミカエル兄さまが!?」




「えぇ……妹君の恩人に対してのささやかな敬意だそうです。、ふふっ……」



 ジェシカは斎藤兄妹、シルヴェ―ヌとその兄ミカエルの類似点を微笑ましく感じた。



 □□□□



「お兄ぃ…ごめん」

 妹舞美は、ふさぎ込んで部屋を、出て来ない日が続いていた。

 ふさぎ込む理由わけ――それは思ったような結果が、得られなかったから。




 そう、メディア戦略が、ものの見事にダメだったのだ。舞美が手を抜いたわけではない。思いつく限りのSNSを使い、つぶやいたり、動画を配信したが……予想を遥かに下回る結果が、続いていた。




 取る物も取らずに、打ち込んでいる舞美が気になり、オレは度々舞美の部屋を訪れた。しかし返事はなく、今日もまた、返事がないことを覚悟した。しかし、ノックしたドアの隙間から目元を赤く染めた妹が謝りながら顔を出した。




(なにやってんだ、オレは!)




 オレは疲れ果てろくに寝れてないだろう、いつもは明るく強気で、毒を吐かない日がない『妹さま』のはずの舞美の、変わり果てた姿に――自分自身に腹が立った。

 こんな疲れた表情をさせるために、オレは長年こいつの兄貴してたのか!?





 違うだろ!! そんな訳ない!! 思う存分、毒を吐かせて、蔑んで目でオレを見て、それでも口の端を、ピクピクさせながら笑うのを我慢してるコイツが好きで、だから毎日欠かさず兄貴してるわけで!!




 こんなの! こんなの冗談じゃない!! こんな顔させたいから兄妹してるんじゃないんだ、オレは!!

「マイちゃん。約束したよな」



「うん……ごめん。私『時間なんて過ぎない』って……『打って出る』って。ごめん、お兄ぃ、全然結果出せなくて時間ばっか過ぎて……私じゃなくて『』ならきっとうまくやってて……お兄ぃ、チェンジしていいよ…聞いてたんだ『』呼んだら? 呼べるんでしょ。ねぇ! そうすれば! いっそさ、?『あの娘』お兄ぃに懐いてるしさぁ、なんやかんやで可愛いし……」




「そうだなぁ」



「え…?」

「だって、お前オレとの約束守ってくんないし――」

「な、なんでそんな言い方すんの!? 私だって必死に頑張って――」

「必死に頑張んの?」




…もう、私なんかじゃムリだよ…」

 オレは大袈裟に、ため息をついた。舞美に頬には、まだ流れ出す涙が残っていた。

「今日何曜だって思ってんだ?」



「だから、ごめんて。土曜だよ、もう土曜になっちゃった。なんにも結果出せてないのに……」



 オレは泣きじゃくる、舞美の頭を雑に撫でた。そしていつもにように生意気な要求が返って来た。

「頑張ったんだよ、もっと優しく撫でろ」




「うっせ! この嘘つき!」

「う、噓つきじゃないもん!! こ、これからなんだからね! これから頑張んだから!!」

「これからじゃ、ねえよ! 今からだ!! きょう土曜だろ!」

「知ってるわよ! だから何!」




「何か知んないけど『』取るんだろ? 忘れたのか約束! この嘘つき妹!! 兄貴の純情弄びやがっつて! 行かないのか?『ゲ―センデ―ト』!!」




「あ……忘れてた。うん、行く。お兄ぃと『』する」

「必死に頑張んの? ク―レンゲ―ムで『うさぴょん』取るぞ!」




「そ、そうよ!! 兄妹パワ―見せつけんだからね! ね、お兄ちゃん?」

 舞美のニンマリとした顔を、見たのは久しぶりだ。




 そして、何故か息抜きに出かけた筈のゲ―センでオレたちなりの橋頭堡を得ることになる。この時、本当の狼煙が切って下ろされた。











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