第13話 妹軍師の思惑。

 榊原巡査長。

 彼は斎藤順一の退学の件で、本人から相談を受けた。その日のうちに私立常和台ときわだい高等学校に足を向けた。




「すみません、私常和台ときわだい署の榊原と申します」

 事務室の窓口で身分を名乗る。するとそこを通り掛かった女性に声を掛けられた。




「あれ? 榊原クンじゃない! あら、ちゃんとケイサツしてるじゃん」

「あっ、小暮さん」

 榊原は息を呑む。声を掛けてきた女性は彼の高校時代バスケ部のマネジャ―をしていた憧れの女子だ。

(高校で事務員さんをしてるとは聞いてたけど……常和台ときわだい高だったんだ)




 彼の心は弾んだ。高校時代と変わらない笑顔。そして特長のある明るい声。




「どうしたの? 私をタイホしに来たのかなぁ?」

「いや、そんなぁ…」

(タイホ出来るならしたい! 相変わらず天真爛漫てんしんらんまんというか…)




 変わらぬ同級生にほっとしたが、本題を忘れるわけにはいかない。

「あの…実は斎藤順一くんの件で来たんだ。そのバス停で女の子庇った」

「斎藤順一…ってバス停で暴れた子だよね? 酷い不良だって……退学になったけど…」




「不良!? いや、待って小暮さん。斎藤順一くんは不良とは思えない。それに暴れてなんてない。絡まれた女性を助けに入って……ひどいけがを。彼は被害者だよ、居合わせた人たちからも証言があって、その1人2人じゃないんだ」




(おかしい、まったく根も葉もない噂が当り前のように……誰かが彼を不良に仕立てようとしてるのか……それとも、こちらが知らない何が、彼にはあるのか……)




「それはおかしいわ。だって、私が聞いたのは――」

、小暮さん?』

 ふたりの会話に割って入ったのは初老の男性。

「あっ、…こちら警察の方です。私の同級生。例の斎藤くんの件で」




「ほぉ…警察の…斎藤順一くんの件。わかりました、小暮さん。あとは私が」

「そうですか、では失礼します。榊原くんまたね」

 事務員の小暮は榊原に軽く手を振って、事務室の扉に手を掛けた。




「斎藤順一くんの件で来ました。出来たら校長先生に、お会い出来ませんか?」



「申し訳ありません、校長は昼から出張でして――」

(出張? わたし今校長にお茶出したところだけど……)




 事務員の小暮は一瞬立ち止まるも事務室に戻った。彼女の心に僅かな疑問の種が蒔かれた瞬間だ。



 □□□□


「そうですか、ではまた日を改めて…」



 校長不在となれば、長居をしても仕方ない。自分が来たことを伝えてほしいと、事務長にことづけ、榊原は常和台ときわだい高を後にしようと背を向けたその時――



 ひとりの女生徒とすれ違った。サラサラとした黒髪のセミロング。大人しそうな顔立ち……それでいて、しなやかな身のこなし。



(何処かで見たような……)



「あの、事務長さん。きのう言われたメディアです。してきました」

「そうですか、では私がお預かりします、

(三崎……誰だっけ)



 榊原巡査長は記憶の欠片を探し始めた。


 □□□□


 斎藤家リビング。

「じゃあ、これから父さんは学校に文句を付けに行けばいいんだな!」



 ひと通りの状況説明を終えた舞美は『やっぱりなぁ』みたいな顔して深々とため息を吐いた。

 それもそうだ。舞美は学校に対して『一切の連絡』や『苦情』『説明の要求』を禁止したのだ。つまりはを提唱した。





 ――にも関わらずどうして『』になるのか。

 しかしながら、オレたち斎藤兄妹は、父さんのこの反応は想定済。なので両親に対しての退学の経緯説明は、帰宅後にした。電話で説明したら、暴走されかねない。それは『ヤンデレ化』した舞美の時からの既定路線だ。





 しかし、オレがピンチであることには、変わらない。舞美は両親に対して『お兄ぃが大変なの!』と早退させた。

 驚くべきことに、舞美のその程度の説明で、両親は仕事を放棄し、帰宅してくれた『』は伊達じゃないぜ。




 ただ、この一事をもって『仕事に対して無責任』だとか『大人としてどうなの?』みたいな雑音はやめてくれ。父さんも母さんも、普段はちゃんと、誰よりも。舞美の、娘の発したSOSを受け入れ行動する勇気がある。ただそれだけなんだ。身内贔屓ではあるが。





は、校門でビデオ録画されてることを聞かされると、即座に退きました。お父さんが台無しにしてどうする?」

「だがしかし!! それでもヤラれぱなしは性に合わん!!」




「お父さま、わが家での軍師枠は誰だっけ?」




「それは……昔からマイちゃんだけど」

「あぁ…お父さん。お願い『マイちゃん』はやめて。普通に苦痛だわ『舞美』オンリ―でよろ〜なんなら『お前』でいいやぁ……」

「でも順一は…『マイちゃん』呼びだろ?」




「お兄ぃはいいの。ヒゲ面じゃないでしょ?」

「じゃあ、ヒゲ剃るわ」

「お父さん、頼むから。純粋にお父さ

んに呼ばれるのが辛いって言われちゃ嫌でしょ?」




 さすがに、こんなつまんないことで押し問答してる場合じゃないと、踏んだ母さんの舌打ちで父さんは渋々受け入れることになった。




「それでも、ジュン。あなたも門前払いだったんでしょ。いくら何でも情報が少なすぎない?」

「まぁ…そうなんだけど」



「お母さん、着色された情報集めても仕方ないわ。変に近寄って話し合いの『1部』だけ切り取って『こんなこと言ってた』なんて目も当てらんない。校門ですらビデオ撮影すんだから、校長室なんて、出向いたらどうなるやら。少なくともお父さんが声を荒げた日には『脅迫された』になりかねない」





「それでも時間だけ、過ぎてうやむやになんないか?」

「時間なんて過ぎないよ、今晩にも打って出るから」



 軍師『舞美』は静かに闘志を燃やし始めていた。





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