第12話 水に流そう。

 シルさんがスマホの電源を入れ位置情報をオンにしたとたん、我が斎藤家の周辺は数台の黒ずくめのワンボックスに包囲された。

 無線の音が飛び交い、気のせいか―ヘリの音さえ聞こえる。




「あの、ジュンイチさん。スミマセン、前に玄関開けてクダサイ。それから玄関開けたら手は頭の上デス! 抵抗ダメですよ!」

 オレは助けを求めるように舞美を見るが、素知らぬ顔で緑茶を啜ってやがる。




 オイオイ、さっそくで悪いが妹さま『マイたん』とチェンジしてくんない?

 オレは仕方なく玄関のドアに手を掛けた刹那せつな――ドアノブを握った手をつかまれ引きずり出され、一瞬で組み伏せられた。





……繰り返す、……ザザザ……ピぃ』

 !! オレは組み伏せられながら心で叫んだ。いや、押さえつける力が、半端なく強すぎて言葉どころか、呼吸もヤバい。




 けが人なんですけど! まだ、抜糸してないですが?




 オレの心の叫びなど、どうでもいいのか、オレは地面から1ミリも動けない。幸い唯一動かせた首で『コツコツ』と近づくヒールの音の方を見た。

 黒のタイトスカ―トに黒のストッキング。すっと伸びたいい感じの肉付きの足の持ち主をオレは知っていた。




「ジェシカさん……」

「斎藤順一さま、おたわれは程々に」

 もちろん、オレは戯れてなどない。って言うか、オレがシルさん連れ出した感じなの? なので程々と言われても……





 わかっている事実はひとつ。今の角度、ジェシカさんのスカ―トの中は丸見えということぐらいだ。

 どうしたもんか……肩が外れそうなくらい押さえつけられている。この体勢から抜け出せるのは余程の力自慢か、柔道の達人くらいだろう。




 それでも、段々と腹は立つもので、無理を承知でも暴れてやろうかと、思った矢先――

「皆さん、お役目ご苦労さまです。少し勝手が過ぎたことは認めましょう。しかし、いくら何でも私の恩人に対しての仕打ちにしては度が過ぎます。今すぐジュンイチさんから手を放すように、いいですか?」




 いつもの怪しげな日本語の影もない。凛とした声のシルさんは最後に『パンパン』と手を打った。それを合図に込められた力は弱まり、オレの体の自由は戻った。





 ジェシカさん腰に手を当てたまま、は軽い溜息をついて投入した部隊の撤収を指示した。オレは押さえられた肩を回しながら『ここは日本か』誰かに聞きたくなった。重武装にも程がないか。



 まさかさっき舞美が言った『敵国の襲撃』をマジで警戒しているレベルだ。





「ジェシカ。ワザとですネ」

 部隊が去ったあとシルさんは『ぷ~~』と頬っぺたを膨らませて抗議した。

「お嬢様、もちろんです。我々はいつでも部隊を投入できるという意思を示さないとなりません。あくまでも恫喝に屈しないことを示さなければ」





「ジュンイチさんに示す必要ないデスね、どうしてデスか!」

「ん…腹いせ?」

 お――い! 一国の大使館員が腹いせしていいのか? 仮にそうだとしても、なんか言い方あるだろ?



 ほら…『これが敵国の襲撃でなくてよかったでしょ』みたいな……教訓的なの!!



 斎藤家リビング。何故かそこではジェシカさんは舞美に正座させられていた。

 沈黙を保ってた妹さまの逆襲が今まさに開始されようとしていた。




「私、正論吐くの好きじゃないんですけど、と言うなら腹いせで返しますが」






 そんな前置きと共に舞美は語る。




「そもそも、ってどうなのって話。そんないならいんじゃね? そもそも、きのう兄がお姫様助けなかったら、今頃から身代金の要求受けてませんか? それとも? そうそう、忘れてるみたいなんで『』言いますけど、その時ウチの兄――大けがしたんですよ~~いち高校生ですよ? 何針縫ったかご存じ? 体中シップだらけなんですよ~~そんな状態で言われないですよね? いいんですか? 他国で武装した集団が『いち高校生に暴行』なんて、聞いたことあります? 前代未聞ですよね? しかも先程のこと、どう考えても不法侵入ですよね? 警察に相談しましょうか? それでも法治国家を名乗る国の大使館員さんですか? 知らないようなので付け加えると『退学』になったんですよ、ウチの兄。只今絶賛、兄妹で途方に暮れてるのわかって欲しいですね~~腹いせしたいの私なんですけど? 因みに今の貴国の蛮行。映像として残しましたが?」







 ソファ―でふんぞり返りながら得意の『口撃こうげき』を繰り広げる舞美。

頼もしくはあるが、見落としたないか? ジェシカさんだけじゃないぞ、しゅんとしてるの……



「あの…ゴメンナサイ。私のせいです、なんてお詫びをしたらイイか…」

「あ……っ」

 ヤバい『助けて』みたいな顔で舞美はオレを見た。



 オレは思った『あっ』じゃねえよ、と。しかも秒で助けを求めるな! 

 オレを思ってキレてくれたるのはわからなくもない。でも、相手――シルさんはワザとじゃないだろ?




 頭イイんだから、後先考えたらわかるだろ、ったく。

 確かにジェシカさんのやり方は問題がある。でもに見てやったらシルさんを心配してのことだ。




「ジェシカは私の部下と言ってもイイです。部下の不始末は私の責任デス。ゴメンナサイ…お詫びのしようもアリマセン……」



 シュンとしたシルさん。このままじゃ…どうしようもない。



「あの、どうですか。。はっきり言って、ジェシカさん。シルさんが心配だったとはいえ、舞美が言うようにやり過ぎです。舞美もオレのこと思って言ってくれたのはわかるし、うれしい。でも、やっぱ、言い過ぎだ」





「シルさんもです、何でもかんでも自分のせいだって言われたら、舞美は何も言えません。舞美のキレたくもなる気持ちを察してほしいです。だから、まぁ―ここは水に流しませんか?」



「そんな簡単にいいんですか、ジュンイチさん……」



「わだかまりは残したくないです。この先協力しないといけない関係ですし」

「お兄ぃ、ごめん。言い過ぎだよね、うん気を付ける」

「うん、わかって貰えればいい」




「でも、斎藤さん……私はあなたに痛みを与えました。水に流すには虫がいいです。フェアじゃないです……」



「あっ、大丈夫です。さっき組み伏せられた時――偶然ジェシカさんのパンツ見えましたんで……それでチャラということで!」



「――えっ!? お兄ぃ、パンツ見たの!?」



「いや、見えたんだって!」

「ジュンイチさん、ワザとですか!? 覗きましたか!? 信じられナイデス! 正直に言うなら救済の道もアリマス!」




「シルさん、偶然ですって! 場の空気を和ませるようとですね……救済って、そこまでですか!?」



「ぽっ……」

「あと、ジェシカさん! なんか言って!! 普通に照れないで!!」



「お兄ぃ!!」

「ジュンイチさん!!」

「モジモジ……」



『パンツ込みで水に流しませんか! お願いします!!』












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