第8話 舞美の初手。
「妹さん、雰囲気違いマス。昨日と…」
オレとシルさんは、舞美が早退手続きを済ませて戻る間校門の隅で時間を潰した。
その間、シルさんが感じた舞美の異変を口にした。昨日、ほんの少しの間しか会わなかったふたりだが、それでも感じる程の違和感。
舞美のヤンデレ化とでも言おうか。
今までに何度かあったのだが、明らかに明確に、はっきりした形で現れたのは、去年のオレの中学最後の地区大会決勝。
オレは家族見守る中、前半に1点を決めた。
そしていい位置でボ―ルキ―プし、この日2点目を決めるシュ―ト態勢に入った時だ。
まったくの死角から放たれた悪質なスライディング。
オレの左足首は曲がってはいけない方向に曲がった。
そしてオレの中学サッカ―は終わりを告げた。そこからオレのリハビリ生活が始まった。
そんなある日、舞美はオレのリハビリを何時ものように、めんどくさがりながらも手伝ってくれていた時、ふとこんなことを呟いた。
『あんな選手。高校サッカ―で居場所なんて、いらないわよね』
確かにラフプレ―で有名ではあるが、フィジカルが強く欲しがる高校があるんじゃないか。
そんなことを何となく考えていた。いや『居場所なんていらない』という、舞美自身に決定権のあるような言葉が気になった。
それから少しして噂で耳にした。
彼のフィジカルに興味を示していた高校が軒並み手を引いたことを。
それは明らかに舞美が何らかの役割を果たしていただろうし、オレはそのことを何となく知りながら止めることはなかった。
そしてこの件に関しての決定権を舞美が持っていたことを知った。でも、そのことは気にならなかった。
よく言うだろ?
撃っていいのは撃たれる覚悟があるヤツだけだと――
彼にはその覚悟がなく、特に恨みがあるわけではないオレの選手生命を脅かした。
高校サッカ―から干される覚悟もないまま。舐めんなよ、人の青春何だと思ってるんだ。
批判を恐れずに言うならこうだ『ケガさせなきゃ、出来ないサッカ―なら――辞めちまえ、そんなヤツはフットボ―ラ―じゃねぇ!』
そういう意味ではオレと舞美はよく似ていた。そして今回も同じことだ。
どこのどいつだか、撃たれる覚悟がないまま、甘噛みでもしてるつもりで爪痕を残そうとする。
はっきりしたキ―ワ―ドが成宮監督と担任の森田先生から告げられている。
そう『女生徒』だ。
オレの記憶の断片にも、あのバス停での乱闘騒ぎ。一瞬視界に確かに女生徒の姿があった。
そして、今朝のバス。車窓からシルさんを見ていた女生徒。
彼女はシルさんのことを知っていて、シルさんがバス停にいるのもある程度予想が付いていた。
もしかしたらケガで朝練を休むであろうことも想定済み……か。
いや、オレが門前払いを受けるところを間近で見るため、オレが乗りそうな時間帯にバスに乗ったのか?
あり得る。遅刻しない時間帯のバスとなるとそう多くはない、予想はつくだろう。
実のところ、自分で言うのもなんだが中学も高校もサッカ―中心の生活だ。女子に恨まれるほどの付き合いは全くない。
いや、まったくモテないと言うほうが正解だ。こんな時に言うのも何だが、誰だ?
小学生のオレに『サッカ―部』はモテるなんて言ったやつは? 全然じゃないか、ったく。
などと悪態をついてはみるが、こんなのも実際は舞美と合流できたから。
なんだ? オレはまるで3歳児で迷子になったオレを見つけてくれた母親のように舞美を思っているのか?
いや、口には出さないこと限定にするなら、言い切ろう。思っていると…
そしてオレは自分自身の思考に、呆れるようについた、ため息と共に舞美が戻ってひと言。
「私がほんの少し居ないのが、そんなにも寂しいの、お兄ぃ?」
「いや、それはその……」
「どうしたの? いつもみたいに否定したら?『そんなわけないだろ!』って…ふふっ、意地悪が過ぎた? ごめんなさいね」
忘れてた。1年振りのヤンデレ化。ヤンデレ化した舞美は妹じゃない。完全にオレの姉的な立ち位置になる。
経験上、ほんの3時間ほどだけど。きっとその3時間の間に舞美は恐ろしく頭を使う。
きっと、寝ないと無理なほど消耗する……
「行きましょう、兄さん」
「行くって、どこに? 家か?」
「警察よ、考えがあるの。今すぐには使えないけど――後々『効いてくる』はず」
「そうなんだ…」
舞美は早退の手続きでの往復の間『初手』をもう考えていた。そしてまったく迷いなく、その初手を打とうとしている。
ようやく心に余裕が出来たオレは、ふとシルさんが気になった。もしかしたら、ちょっとしたお礼に来ただけかも……予定がないとは限らない。
「シルさん、お時間大丈夫なんですが? その…気が回らなくて…お急ぎじゃ…?」
「おぉ…私のコトは大丈夫! それより妹さん、舞美サン。私イテ邪魔じゃないデスか、足手まといでは?」
「私? 私は全然…でも、私たちといても……楽しいことなくないですか? もし、気を使ってるなら……」
「私も関係者だと思ってマス! 関わらせてくだサイ。あっ、後でジェシカにだけ連絡したいです、心配掛けてはいけまセンから…」
「あっ、ごめんなさい。シルヴェ―ヌさん、さっきお兄ぃに『勝手しないで』って言ったのは、お父さんが知ったら暴走して面倒だから……だから連絡取ってください……ジェシカさんに」
そう言って舞美は自分の言葉に疑問を持ったのか、少し考えてシルさんにその疑問を投げ掛けた。
「シルヴェ―ヌさん。ジェシカさんは、その大使館の方ですよね。大使館の方が、そのわかんないんですけど『ひとりの国民』を気に掛けるものなのですか?」
シルさんは少しの間、思案顔したが『後ほど時間に余裕が出来た時に』とお茶を濁した。
「そうですか…ところで気になってたのですが――きのう、お兄ぃに『契約成立ですね』って……それは――」
「わぉ…舞美サンは鋭いですね、ジュンイチさんが頭上がんない訳デス! それも後ほどお話シマス、今は先を急ぎましょう!」
舞美は疑いを持った時に見せるクセのひとつ、口元を左だけ吊り上げた。
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