第7話 舞美の怒りは限界に達しヤンデレ化する(おまけ付き)

「――斉藤さん、家の方が校門来てるって。お兄さんらしいよ」

 3時間目が終わりちょうど休憩時間。舞美は軽く伸びをして、眠気を飛ばしている所に担任の先生が声を掛けた。




「えっ!?『』のお兄さん来てんの!?」




 舞美はおさげのツレの反応と、朝自分で振っときながらの『マイマイ』呼びに、それなりにムッとした。

 しかし、そこはすぐに冷静に戻り席を立つ。

(なんだろ…お兄ぃケガが悪化したの……?)




 ザワりとした嫌な予感が胸を過ぎる。2つ違いの兄妹。

 去年まで同じ中学に通っていた。去年までなら忘れ物かも、そんな想像になるだろうが兄順一は同じ敷地に通ってるわけではない……




 ついてこようとする『ツレのおさげ』をキッと睨んで追い返した。

(どうしょう、きっとただ事じゃない……)

 駆け出した舞美の脳裏には嫌な予感しか浮かばない。

(お父さんがケガした? お母さん、事故じゃないよね? おばあちゃん体調悪いとか……)



 スニ―カ―に履き替え、体操服の男子を追い抜き校門に迫る。見慣れた兄の後ろ姿と……

(えっ? きのうの女の人と…なんで? 意味わかんない…)




「お兄ぃ、どうしたの? なんかあった!?」

 息を切らせながらあらわれた舞美を見た順一の目から、もう随分舞美が見てない涙が溢れた。その涙を見た舞美は激しく動揺する。




「お兄ぃ! どうしたの、泣いてちゃわかんない!! 何があったの!?」

 駆けつけた当初、舞美は急かすように質問を繰り出した。家族の誰に何か起きたのか不安に駆られたためだ。しかし、走って乱れた呼吸が整う頃には舞美の心も、思考も落ち着きを取り戻した。




(もし、家族の誰かに何かあったら――お兄ぃはどんなに苦しくても言葉にしてくれるはず。言葉に出来ない、しないってことは……自分のことだ。きっと)

 そして舞美は同じように言葉を詰まらせたシルヴェ―ヌを見た。シルヴェ―ヌの目元も真っ赤に染まり、ふたりが苦しみを共有しているのは明らかだ。



 □□□□


 オレは大きく首を振った。


 不覚にもオレは舞美の顔、声を身近に感じた瞬間。何とか抑えていた感情を溢れさせてしまった。それでも、不安げにおろおろする舞美の不安定な感情をいつまでもほっとけない。



「――退学に…」




 オレが舞美に初めて発した言葉がこれだ。これが精一杯だ。これ以上何かを言葉にしようとしても声にならない。

 甘えだ、シルさんに出さなかった甘えを舞美に出してるんだ。家族だからか舞美だからか…今はわからない。




 だけど、どこかで舞美ならこれだけで、これだけの言葉ですべてわかってくれると感じていた。事実……

「…――さない、ぜったい……さない、こんなこと、わたしの……」

、妹さん。ジュンイチさん学校入れません! とても理不尽デス! 暴力してないデス! なのに、退学行き過ぎデス!!」




 ――そう言っても、今から起きる舞美の異変をシルさんには伝わらないだろう。

 オレはだらしなく溢れた涙を制服の袖で雑に拭い、シルさんを見て首を振った。




 そしてこれから始まる舞美のを見守ることにした。






『――。私のお兄ちゃん泣かせたヤツは。どこのどいつだお兄ちゃんに苦しみを与えたヤツは……どこのどいつがお兄ぃを退学なんてさせやがった。助けただけ。困ってるひと助けただけ…困ってるひと…ほっとけないのがそんなに悪いの…ケガまでさせられた…何針も縫わないといけないケガ。人助けしたら罰が必要なの? 違うよね……全然、違う……罰が必要なのは他にいる……きっと誰かが笑ってる……間違いない。私のお兄ちゃんを笑っていヤツがいる……バカな人たち。選択肢を自分から捨てるなんて。!!』






 それから少しの間舞美は電池が切れた人形のように立ったままになった。僅かに前後にふらつく舞美をオレは抱きかかえた。どれくらいだろう……30秒くらいだろうか。




 舞美は腕の中で顔を上げオレを見た、さっきまでの怒りに囚われた舞美の顔ではない。

 オレを心配させないように口元だけで笑った。目は全然だ。




「お兄ぃ、私。先生に言ってくる『早退します』って。だからね、、まだ動かないでくれる? まだね、が組みあがってないの。お兄ぃに今勝手されたら――。特にお父さんはダメ、いい? 私が連絡するから、お父さん、お母さんには。ここで待ってて。私がいるんだから、もう泣く必要ないわよね?」





「わかった」

「待ってて。それから……そちらの…」

「ワタシのことはシルと呼んでクダサイ」

「いえ、私は……ところで



「私の名前を憶えてマスか?」

「一度聞いた名前は大体なら……シルヴェ―ヌさんにお礼がまだでした」




「お礼? お礼を言わないとナノは私の方。ジュンイチさんに助けて貰ったのデスから!」

「あっ、それはお兄ぃが勝手にしたことなんで、私関係ないです。私が言いたいのは…お礼を言いたいのは、にお兄ぃの側にいてくれたことにです」




「側に?」

「ええ。ちゃんとことに感謝します」

 それだけ言い残して舞美は背を向けた。残されたシルさんは首を傾げる。




 まぁ、妥当な反応だ。舞美の『ヤンデレ化』なんて滅多に遭遇するものじゃない。

(長くて3時間…それから爆睡して元の舞美に戻る)



 1年前もそうだった。その都度つど舞美は『ヤンデレ化』してオレを守ってくれた。

 情けない兄貴だよなぁ……


 ◇◆◇◆


【おまけ】斎藤兄妹のありふれた喧嘩①



「もう、なんでわかってくんないの!? お兄ぃなんて大っ嫌い!!」

 ばたん!!

「あっ、マイちゃん! ごめん! !!」

謝るな! ボケ!!」



(あ~ぁ、怒らせちった……しゃあないな、こんな時は…)



【コンビニ】

 ちゃららららら~♪ ちゃら~ららら~♪(注意:ファミマの音)

(マイちゃんの好きな『喉ごしすっきりプリン』…159円か…)



【教室:おさげのツレとト―ク中】




「―てなこと昨日あって、お兄ぃたらいつもプリンなんだ、もう」

(注意:舞美激しくのろけ中)

「そうなんだ~もっと高いもん買わせたらいいのに、なんで?」

「はぁ!? そ、そんなことしたら、お兄ぃ好きなモン買えないじゃん!」

「え~~? 別にいいじゃん~そんなの~~」

(ダメだ!! この娘だけは! お兄ぃに近づけない!! お兄ぃは私が守る!!)




 今日も元気にブラコンしてる舞美であった。
















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