第3話 舞美が世界で一番かわいい妹説

 奇跡と言うものはそうホイホイ起きない。斎藤家に置いての奇跡。即ち妹舞美まいみの上機嫌。いや、と限定しよう。なぜなら元々母さんとは中々いい関係を保っているし、父さんの空気読まない感はそれはそれでアリのようだ。




 つまり舞美はオレみたいにコソコソ顔色を見る兄貴が嫌いなわけで、少々ガンを

飛ばされても――、なのだ。




 それは何となくわかるし、オレなりに善処しようとは考えている。考えているのだが、想定外の事象までは対処出来ない。




 何が想定外かって、それは風呂を終え、くつろぎの時間帯を迎える我が家に舞美がオレの部屋を自発的に訪れることだ。部屋に『コ―ドネ―ム・G』が現れない限りありえない。だからオレの第一声はこうだ――




「ゴキが出たのか!?」

「やめてよ、縁起でもない。なんでさ?」




 説明しよう、いや解説しよう。ここで妹という『謎の生態』の前振りである『なんでさ』に対しての誤った回答例は『だって、お前がオレの部屋に来るなんて』だ。



 すかした顔をしているが、妹というヤツは計算高いわりにピュアな面があり、それなりの決心と共にこの部屋を訪れたわけなのだ。なので出来るだけ自然に受けいれることが肝要だ。




 しかしながらオレは初手で躓いた。そう『ゴキブリ』が出ない限りオレの所なんて来ないだろう、と思われかねない発言をしてしまったのだ。仕方ない。あくまでもここは自然に乗り切ろう。




「いや、そろそろ出る時期だからな」

「だね。嫌な季節」

「部屋入っていいなら『ホウ酸団子』置いとくぞ?」

「えっ、そうなの…ありがと。でも、私がいる時ね?」

「そりゃ、そうだ」




 オレはそっと胸を撫でおろした。まるで超難易度の高い音ゲ―をノ―ミスで叩き切った気分だ。そうだ、今度週末でも舞美を誘ってゲ―センとかも良さそうだ。



 断っておくが、思春期の妹は恐れているが舞美を嫌いなわけじゃない。念のため。



「お兄ぃ……脱ぎなよ」




 これもまた妹からの罠である。本人はまったくそんなつもりがないのだが、兄に対して『つっけんどん』が妹的にイケてる訳だ。だからここで万が一でも『兄妹でそんなのとダメだろ?』などと下ネタ・テ―ストは厳禁だ。




 そんなこと考えもしなかった妹は、顔を真っ赤に『死ね、ボケ!!』と扉が外れる勢いで出ていくのは間違いない。そこから2週間は『生ごみ』か『兄貴』か区別つかない扱いが待っている。




 ここは冷静に考え舞美がオレを脱がせる必要性を考えないといけない。答えは簡単だ。ケガして手が届かない所にシップを貼ってくれるつもりなのだ。ツンとしてるが冷静に受け止めると妹はかなり心優しいのだ。




「悪いな、いいのか?」

「こんな時くらい…兄妹だっての! はい、脱ぐ! 私の気の変わらない内に!」



 考えてみれば我が家では母親以上に母親してる部分がある。母さんはおっとりなんでここまで思いつくのは明日オレが学校に行った後だ。



「うわぁ…お兄ぃ。痛いでしょ。赤紫だよ背中……骨折れてないの?」

「レントゲン撮ったから大丈夫だろうけど…」

「痛いよね……かわいそう」

「痛い」

「ごめん、ちょっとヒヤッとするからね」




 舞美は自分が悪い訳じゃないのにシップの冷たさを謝った。よく見るとヒヤッと

するのを出来るだけ少なくするために、手のひらでシップを人肌に近づけていた。



 考えるまでもなく舞美は優しい妹だった。小学校の頃などオレの世話を母親いように焼いていた。いつからだろうオレと舞美の間に距離が出来たのは。



 答えはすごく簡単だ。オレがサッカ―に夢中になり家では疲れて寝ていた。何度も寝ているオレに話し掛けてきた舞美を知らん顔したのはオレ。



 怪我の功名なんて虫に良い話だけど、ケガしてるし弱ってるオレの言葉にならもしかして耳を貸してくれるかも。



「あの…マイちゃんさぁ……」




「ごめん、痛かった?」

「いや、そうじゃなくって。今度の土曜……夕方なんだけどゲ―センとか行かない?」

「え、なによ急に。お兄ぃとふたりで? べ、別にいいけど。条件ある―…」

「条件?」

「うん、うさぴょん。これ、スマホのストラップ。うさぴょんって言うんだけど『抱ける感じのうさぴょん』ってのがいるのクレ―ンゲ―ムで! 取ってくれるなら付き合う!」




「よし、取ろう」

「えっ、マジで! うわっ、楽しみ!! 待ってろよ!『抱ける感じのうさぴょん』! 斎藤兄妹の実力思い知らせてやるんだから!」



 こんなに無邪気にはしゃぐ妹は久しぶりだ。


 □□□□



「お兄ぃ、けっこうがっちりしてるね……その筋肉」

「そうか、そうかもな」

「そうだよ、なんで彼女いないの。顔は……私似でそこそこじゃん? 運動神経は抜群でしょ? なんで?」

「なんでってわかんない。サッカ―ばっかだから?」

「それかぁ……そりゃそうか。妹デ―トに誘うくらいだもんね?」



 えっ……ゲ―セン行くのデ―トなの? いや、楽しそうだから呼び方なんて何でもいいけど、嫌じゃないの兄貴とデ―トだなんて。



「お兄ぃ。服ひとりで着れる? 手伝おうか…」

「あ……はい」



 なに照れてんだ、オレ。そんなオレの思いも知らずに舞美は『バイバイ』と笑顔で手を振り部屋を後にした。



 ちょっとだけ……世の中の『妹欲しい』って言う野郎どもの気持ちがわかった気がした。ウチの妹は確かにかわいい。












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