第2話 ワタシのナイトさま。

「ワタクシ断固抗議シマス!! 激オコです!!」



 事情の聞き取りは病院で終えていたが、ブロンズの女の子が警察署にいるらしいので父さんに頼み警察に寄ってもらうことになった。



 寄るや否やプンスカと言わんばかりのブロンズのあの子の声が聞こえた。



 声を覚えていたわけではない。片言の日本語だから彼女だと思っただけだ。

「お兄ちゃん、この声のひと―なの?」

「たぶん、話したわけじゃないけど……」



 バス停では、か弱い感じだったが……どうなんだろ。一抹の不安を感じながら案内してくれる警察の人の後をついて言った。




「アナタは…!!」

 包帯で視野が狭くなっていたオレの背後から声がした。その声は先程の怒った声ではなく、バス停の不安げなブロンズの女の子のものだった。声のした方向に体を向けると目の淵に涙を浮かべた、この世のものとも思えない美少女がいて――




「お怪我、ダイジョウブですか?」

 目の前でお祈りするように手を組む異国の女の子。すっきりとしたゴシック系の服がどこかシスタ―を連想させる。




「オレは、その平気…大丈夫でした。その君はその…大丈夫でしたか?」

「私はシルヴェ―ヌと申します。あなたさまのお陰でダイジョウブです。私は――シルヴェ―ヌ・フォン・フェイュ……アナタのお名前は?」




「オレは……順一。斎藤順一です」

「おぉ…ジュンイチさん……あなたは私のナイトさまです」




「お兄ちゃん…ナイトさまって?」

「さぁ…わかんない。助けたから?」

 服の裾を引っ張る妹の舞美に気を取られたオレは『その瞬間』を見逃した。




!」

 首に腕を回しシルヴェ―ヌと名乗った女の子はゆっくりと顔を近づけ――軽くくちびるを重ねた。ほんの少し触れた程度のものだった。




 突然の出来事に居合わせた斎藤家の面々は硬直した。


 □□□□



「私は『ラ―スロ公国』大使館に勤務をしております――ジェシカ・ロレンツィオと申します。この度はシルヴェ―ヌお嬢様をお助け頂き、お礼申し上げます――つきましては後日、日を改めてお礼にお伺いいたします。それでは――」




 ジェシカと名乗った大使館の職員さん。銀色の束ねた髪に高身長、そして日本人と間違えそうなほど流暢な日本語に圧倒されたオレたちは、大した返事も出来ないまま今日の所はお開きとなった。シルヴェ―ヌさんは胸元で軽く手を振りお辞儀しながら去っていった。




 家に帰る車内。後部座席はオレたち兄妹の指定席だ。そうは言うものの思春期真っ只中の妹舞美まいみと一緒にクルマに乗るのはホントに久しぶりだ。




 そのことをほんのちょっと気にしていたのか舞美は普段ではありえない行動に出る。自分から口を開いたのだ。たいしたことないように聞こえるだろうが奇跡的なことだと理解して欲しい。




「――お兄ちゃん…あんまり無茶しないでよねぇ……」



「あっ、うん。ごめん」

「別にいいけどさぁ……女の子が不良にからまれて、知らん顔の兄貴なんかより全然だけど――でも、家族なんだから…心配するって言うか…」




「うん、次はその…ケガしないように気を付ける。その……

「お兄ぃ……その呼び方……まぁ『おい』とか?『お前』よりいいけどさぁ……」



「おっ、マイちゃんのブラコン復活か?」



「お父さん、そんな強面で『マイちゃん』呼ばないで。それから『ブラコン』じゃないからね……ま、まぁ、お兄ぃが『』って言うならそれはっていうか~~って言うか」

「マイちゃん照れちゃって~~」




「お父さん。マジ、ウザい。今週娘と会話できると思わないように」

「そんなマイちゃ~~ん!!」

「もう、マイちゃんいうな!!」



 □□□□



 包帯ぐるぐる状態のオレだが、部活をした帰りなのだ。頭を洗わない、風呂に入らない選択肢はない。しかしながら、どう考えても時間が掛かりそうなので妹の舞美に先に入るように頼んだ。




 そして舞美が上がるのを見越して包帯を解きに掛かっていた。予定通り舞美が風呂を終える頃には包帯と、体のいたるところに貼られたシップをはがし終えていた。準備万端リビングで待ち構えていたわけだが。




「どうした、マイちゃん」

 半乾きの髪をバスタオルで拭きながら現れた舞美は、オレの座るソファの前で立ち止まり、どういうことか手にしたバスタオルを床に落とした。




「舞美……?」

 左側の視界が悪い。割れた瞼の上は何針か縫っていたし、瞼自体腫れあがって目を開けれない感じだ。なので舞美を見ようとすると体ごと動かさないとだ。



「ひどすぎ……こんなのひどすぎる…」



 迂闊うかつにも腫れあがった顔を舞美に見せてしまった。

(しまった……)

 そう思った時にはもう遅かった。舞美の瞳からは大粒の涙が溢れていた。実のところここ最近、妹の思春期に手を焼いていた。どう接していいかわからない。わからないから出来るだけ避けるようにしてきた。




(でも、それってオレ手抜きだったよな……)

 オレは『清水の舞台から飛び降りる』ってのをやってみた。




 つまり、泣きじゃくる舞美をほっとけない。オレのことで悔し泣きしてくれる妹をほっとけるほど、斎藤家の家訓はぬるくない。




「ごめんな、舞美。心配かけて……」

 オレは何で妹相手にこんなにも緊張してんだと、ばかりに震える手でぎゅっと抱きしめた。




「お兄ぃ、キモイよ…汗臭いしぃ……」

「が、我慢しろ、オレだって頑張ってから!」

 舞美は地味な抵抗をするが最後はオレのシャツで鼻水を拭いた。




「私……お兄ちゃんにこんなことしたヤツ許さないから」




 ドスの利いた妹の声に、兄妹間の仁義なき思春期の戦いが終わったと思う者がいるなら、それは余りにも『妹』という生態を知らなすぎると付け加えよう。きっと明日には平気でガンを飛ばしてくるだろう……




 妹とはそんなもんだ。





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