第1話 大きな渦。

「あの…嫌がってますよね、彼女」



 格好よく登場できればいいものの、ケンカ慣れなんかまるでだし、不良は人並みに怖い。しかも3人。後悔するのはわかっていたけど、知らん顔して寝る前に後悔するのも夢見が悪い。




 まぁ、命までは取らないだろう。不良と言っても昔のドラマのような本格的な不良ではないと願ったが甘かった。




 振り返った3人組。80年代からタイムスリップしてきたのか、それともどこか近くでヤンキー映画の撮影でもしているか見間違えるほど気合の入りよう。




 今更『すみません、人違いでした…ぺこり』が通用するとも思えないのでオレはオウム返しのように言った。



「嫌がってますよね、困ってるじゃないですか」



 オレは話し合いか、もしくは最悪でも口喧嘩を想定していたが世の中も不良も甘くなかった。




『オレ達には言葉はいらない』とばかりにいきなりボディ―に一発、前かがみになった顔に膝が入った。



 瞬殺――。



 そんな言葉が今のオレにはぴったりだ。格好つけたいわけではないが、ここまで惨めだとコンティニュ―したくなる。残念ながらリアルだとリセマラなんてもちろんない。




 しかもなまじ体力があるせいか、もしくはこじんまりしたプライドのせいか。膝を付いてその場に崩れればいいものの……不幸にもその細い声が聞こえてしまった。




「ヤ、ヤメテクダサイ! ソノ方は関係ないじゃないデスか!」



 おっと…どうしたことか。まだ16歳にもなってないオレを『その方』なんて言ってくれるのは世界広しとはいえ、この子しかいない。そう思うと勇気100倍な感じだ。



 しかし、この勇気100倍があだとなることなんてよくある話だ。



「大丈夫デスか?」



 慌てて駆け寄って来た声の主。片言ぽい言葉が気になり目で追うとそこには心配げに表情を歪めた絹のような茶色ブロンズの髪を持つ日本人離れした美少女。




「ゴメンナサイ、私のせいデ。ケガさせちゃいました。大丈夫デスか? 聞えマスか?」



 はっきり言って聞こえない。いや聴力に意識を割けない程に衝撃的美少女が20センチくらいの距離、しかも涙目なのだ。



「だ、大丈夫です。これくらい……」

 言いかけた視界に不良にひとりの姿。茶色ブロンズの彼女がいることなどお構いなく拳を振りかざす。




(ヤバい!!)



 オレは咄嗟に女の子の腕を引っ張り後ろ手に匿った。匿った代償にオレ自身まったくガ―ド取れない状態に。そこにスロ―モ―ションのような重たい拳が目元に入る。殴られた勢いでバス停のベンチに吹っ飛ばされオレの瞼の上はパックリと割れ生暖かい血が流れた。




『君たち、何をやってる!!』



 失いかけた意識の中、警官と思われる声が鳴り響いた。何とか意識を保っていたオレの元に先ほどのブロンズ女子が駆け寄り、割れた瞼にハンカチを当ててくれた。




 取りあえず及第点きゅうだいてんか。完全に意識を失う前に得た安心感と視界の隅に見覚えがあるような女生徒の姿が映ったような……


 □□□□


 気が付いたのは病院のベットの上。目元には包帯が巻かれたせいか視界が白い。月並みだけどありきたりの言葉を口にした。

「ここは…?」



 意識が戻ったオレの顔を見てベテランぽい看護師さんが診療室を出た。廊下で待つ家族に知らせる感じか。どうしよ、ウチの家族んだけど……



 オレの予感は的中する。いつもは思春期丸出しで、すかした中二女子の妹舞美まいみ。通称『マイちゃん』この世の終わりとばかりに涙腺崩壊、しかも鼻水を啜りながら駆け込んできた。



「マイ、お兄ちゃんのことなんか全然心配なんかしてないいんだからね!! うわえ~~ん!!」



 上半身起こしたてのオレにダイブで抱きついた来た。いま反抗期丸出しのキャラ設定いるか? そんなことを思いながらも『心配なんかしてあげないんだから!』と時折しゃくりあげる妹の頭を撫でながら、不覚ながら目元がウルウルしてきたのも束の間。




『順一~~~!!』

「順ちゃん!!』

 暑苦しい両親が号泣の元に抱き付かれた。暑苦しいけど、嫌な暑苦しさじゃない。だけど、今は素直には言えなねぇ……




「息子は断じて疑われることはしてません!!」

「そうですよ!! 順ちゃんは女の子突き飛ばすなんてするわけないです!!」

「そうよ!! お兄ちゃんは女子に突き飛ばされても、突き飛ばしたりなんかしないんだからね!!」



 病院の廊下。熱すぎる斎藤家の皆さんはヒ―トアップ中だ。誰にかと言えば事情を聴きに来た警察の人にだ。警察の人ふたりは困り顔で頭を掻いた。



 呆れたような反応をしているオレだが、立場が変わり家族の誰かが同じ目に合っていたら同じ反応しない自信はない。なにせ斎藤さんちは、こと家族となると暑苦しいのだ。



「逮捕なんておかしいじゃないか!!」

「そうよ! 不当逮捕!!」

「こうやって冤罪が生まれるのよ!! お兄ちゃんは渡さないんだから!!」




「いや……この場で逮捕なんかしませんから。その状況を聞かせてもらいたくて。その場にいた人とか、防犯カメラの映像とか調べてまして。ただ……当事者の女の子、日本語がそんなにで、通訳出来る方も分からない国の言葉でして……」



 あの子、やっぱり外国の……きれいな茶色ブロンズの髪だったんだ…



「あの、その人。ケガとか」

「えぇ…ケガは大丈夫なんですけど大使館に連絡するように繰り返すばかりで」




 逮捕されないことと、女の子が怪我してないことがわかり少し家族は冷静になった。



 しかし、これで済むわけもなく、オレは大きな渦に巻き込まれることになる。


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