あたまのおかしいひとのはなし
眠
あたまのおかしいひとのはなし
家に帰ると死体が転がっていた。警察に通報しようか迷ったけれど慣れない営業で走り回ってヘトヘトだった僕は鞄をソファに放って、キッチンへ向かった。戸棚を開けるとカップ麺、塩味。今夜の夕食はこれでいいだろう。背後から浴びる視線に気づかない振りをして薬缶にお湯を沸かす。
「気づいてるんでしょう」
彼女が声を発した。僕は気づかない振りをする。お湯が沸くのが酷く長く感じる。今度電気ケトルでも買おうか。大して貯金は溜まっていないが他に買いたいものがあるわけでもないし、たまの贅沢くらいいいだろう。
「無視しないでよ」
僕はやれやれと首を振って死体の方を向く。
「何で僕の家にいるんですか」
「合鍵を渡したのは君でしょう」
「渡した覚えはありません。奪われた記憶ならあります」
「細かいことは気にしなぁい」
にへらと彼女が笑った。
「今日のご飯は?カップ麺?健康に悪いなぁ」
「そこに寝転がられると困るんですが」
「仕方がないでしょ。動けないもの」
足先で彼女を転がすと「ぐえ」と呻き声をあげたが一向に動く様子がない。本当に死体のようだと思った。死体なら死体らしく無言を貫いてほしいものだ。いよいよ警察に通報しようか迷ったところで薬缶が悲鳴をあげた。僕はやれやれと首を振って、火を止めた。お湯を注ぐ。また3分待つのかとげんなりする。
「食欲が失せるのでできれば速やかにお引き取り願いたいです」
「無理。起き上がれない」
できれば穏便に済ませたいのに彼女はまるで僕の言うことを聞きやしない。伸びたラーメンを食べるのは嫌だったので僕は夕食を優先することにした。トッピングにネギを乗せたかったけど包丁がないので諦める。
ラーメンを啜りながら彼女を観察すると、どうやら彼女は本当に動けないようだった。これなら通話中に襲われる心配はなさそうだ。空のカップ麺を捨て、僕は110番を押した。
「もしもし、ストーカーが僕の恋人を殺しました。足を負傷して動けないようです。多分、恋人に反撃されたんだと思います」
あたまのおかしいひとのはなし 眠 @nemuru
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