第7話 路地裏

街を見回し、はしゃぐ白髪の女性。フードを目深に被った男はそれを遠巻きに見つめ、静かに息をついた。年相応に容易く見えるその少女が、しかし最も手強い『目標』であることを、その男は知っている。


 刺客。それが、男の生業だった。

フェリシア領に縁談の目的で来たヴェラ。狼という強者側の血を引く彼女に対して、フェリシア領民は警戒の目を向けている。彼女を愛するループス領民に囲まれた普段と比べれば、格段に襲撃が成功しやすい状況である。男は、往来の中で同じく頭を隠した数人の仲間に目配せをし、先回りしようとそれぞれ違う路地に入る。ヴェラへの注目こそがカモフラージュとなり、フェリシアの猫達は衆目に紛れた異端に気付かなかった。大通りを少し逸れると、途端に人目は少なくなる。ヴェラの行先を予見して歩きつつ、男は懐に手を入れた。


仕込んだナイフの柄を撫で、感触を確かめる。地形は既に把握している。フェリシア城へと向かうならば、必ずこの先の道を通るだろう。路地の角で待ち受け、通りがかる瞬間に一斉に襲いかかる。何人か止められようが、食い千切られようが、そのうち一人が目標の喉元に刃を突き立てられれば作戦は成功である。心を落ち着かせ、静かに待つ。やがて目標の魔導車が近付いてくるのがはっきりと見えてきて……


「お前ら、ループス様のお出迎えか?」

「っ……!?」


耳元で声を掛けられるまで、男は気配すら感じ取ることが出来なかった。予想だにしない事態に、男の身体は硬直する。


「心掛けはいいが、その汚い顔じゃあなあ……ノワール様の印象が悪くなるだろ」

「クソっ!」


背後の女がノワールという言葉を口に出した瞬間、男は計画の失敗を理解し、懐のナイフを取り出して振り向きざまに切り払う。


しかし、その動きは女にとって遅すぎた。女は刃の軌道よりも内側に入り込むようにして腕を取り、足を掛けて引き倒した。男は一瞬で地面に叩きつけられ、ナイフを取り落としてうめき声をあげる。痛みに耐えつつ目を開け、見上げるようにしてようやく自分を押さえる女の顔を見た。


「ジェニー・リーファ……」

「おや、知ってたか。ま、私の優秀さを考えれば当然か」


ジェニー・リーファ。フェリシア領において、最も遭遇を避けるべき人物として男はその顔を記憶していた。


「仲間はあと何人いる? 教えてくれよ」

「はっ……誰が、言うか」


ジェニーがここにいる以上、もはや目標の達成は絶望的だ。だが、それでも仲間が成し遂げる僅かな可能性をも潰すことは、男にはするつもりがなかった。


「ふーん、そうか。ところでお前の顔、私が整形してやろうか」


言うと同時に、ジェニーは男の顔を思い切り踏みつける。


「っ!………!」


男は激痛を感じるが、口すら抑えつけられ叫ぶことも出来ない。


「特に、高い鼻といい歯並びがムカつくな。治してやろう」


砂利が皮膚を裂き、鼻が折れ、歯が曲がるまで踏みにじると、不意に踵を上げる。


「うん、マシになったな。ところで、仲間は何人いるんだっけ?」


ジェニーは再び男に問い掛ける。表情一つ動かさず、淡々と。額を固定する足先は、ジェニーが望む回答を得るまで先程の拷問が繰り返されることを示していた。


「………6、人だ」

「おお、ありがとう。じゃ、うちの部下が捕まえにくるから安静にしとくんだぞ」


ジェニーは男から足をどけ、地面に擦って血を落とすと、ポケットから通信機を取り出す。


「フェリシア様、やっぱりいましたよ刺客。一人確保して多分あと六人、早急に対処します」

「分かった。そいつらを絶対に近付けさせるな」

「ええ、もちろん了解です。では」

 報告を終え、軽く背伸びをするジェニー。

「さて」


 その目は、既に別の路地へと向けられていた。

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