第6話 気まぐれのフェリシア

―――フェリシア領、シャガート


「ナト、魔力切れは起こしていませんか?」


フォルテは運転者のナトに声をかける。ループス領所有の魔導車の中には、ヴェラ、その執事のフォルテ、そしてナトがいた。ヴェラ達が乗った城の重要関係者しか乗ることのできない一際大きい魔導車の周りをループス領の兵士達が乗る標準サイズの魔導車が囲むように走っている。あまり兵士達を連れて行くと威嚇の意を示しかねない為、有事の際の為の最小限の部隊を連れている。


「今のところは大丈夫だ、フォルテ。

魔力回復薬も持ってきているからな」


フォルテは了解です、と言うとナトに飴を手渡す。驚くナトだが、小さく笑ってありがとう、と受け取る。魔法が生活の一部となった今、魔力の枯渇は死活問題である。自身の魔力が完全に尽きた時、死に繋がりかねない。


魔力を枯渇寸前のところまで使うというトレーニングを幼少期から積めば、魔力保有量は増やすことができるものの、結局のところ遺伝的な要素が大きいのが事実である。ヴェラやノワールのように領主の血を継ぐ者達は生まれついて魔力保有量が非常に多く、フォルテのように代々執事として仕えている家系など名のある家の出身者もまたおのずと魔力保有量が多い傾向にある。


「わぁ!素敵な草原!」


ヴェラが歓声を上げたのは、ねこじゃらし、もといエノコログサの草原である。フェリシア領民が獣化してネコの姿となって昼寝をしている姿が見受けられた。脱力しきった姿はとても野性を残しているとは思えない。


「ヴェラ様、あまりはしゃぎすぎないでくださいね?」


微苦笑しながらフォルテはヴェラを宥める。魔導車は走り続け、エノコログサの草原を抜けると、車窓は一気に変わる。所狭しと並ぶループスとは違った雰囲気の市場、ネコ達の商品を売ろうと張り上げる声、漂う不思議な香りの煙、ネコの姿に戻っての喧嘩……。


「ここはシャガートですよ、ヴェラ様。フェリシア領の陸の交易路の街です。フェリシア領にしては珍しく、来るもの拒まず去るもの追わずの精神で成り立っているんです。

まぁ、お陰でとんだならず者達が集まっているようですがね……。裏取引も少なからず行われているそうです。お世辞にも治安が良いとは言えませんので、ここは通りすぎるのみです」


シャガートは、ループス領の都市スリガラの一部と隣接している。関所を抜けて他領に訪問の経験は少なからずあったものの、領主の娘としてループス城で育てられてきた彼女にとって初めて親の庇護下に無い状態で訪問する他領の景色は見るもの全てが新鮮であった。


市場の数が少なくなってきた半刻後、砂っぽかったシャガートを抜けると、城壁に囲まれた城下町が見えてくる。


「あれが……フェリシア城?」


石造りの堅牢な城壁から覗くその城は、尖塔をいくつも並べ、小さな小窓が所々にある。ネコ科が嫌いな水をもちろん張っており、深めの堀が造られている。防衛体制が整っているとはいえ比較的権威の象徴の意味合いが強いループス城とは異なり、機能性を重視したデザインのフェリシア城はいつでも襲撃に備えている、といった風貌である。


「えぇ、フェリシア領は我らループス領同様に、古くはカルニボアの黎明期から存在していました。そして、強さを選んだロレオーヌ領と自由を選んだフェリシア領に分かれた時から豊かな水源を狙ったロレオーヌ領の侵攻の危機に晒されてきた為、このような機能性を重視した城となったのでしょう」


フォルテがフェリシア城の解説を終えた後、ヴェラは神妙な面持ちで感想を述べる。


「えぇ、それは教養として身につけているわ。それにしてもループス領に逆らおうとする叛逆者達がよく出なかったな、と思ってね。昔からカルニボアの民はケンカっ早いでしょう?」


最後に一言皮肉を交えるあたり、まだ余裕がある様子のヴェラ。次期領主ということもあり、他の領の現在だけでなく、その歴史を知ることで様々な見方ができると考えるあたり好奇心に忠実で実に彼女らしい。


「ループス領からいくつか独立した領もありますが、ロレオーヌとフェリシアのようにいがみ合うような関係では無い為、結果としてループスは権威の象徴としての城になったのでしょう。……そもそもループス領よりも強い、もしくは匹敵する領と言ったらロレオーヌ領とループス領の黎明期の頃に分かれたグリズール領くらいでしょうからね」


ループス領は人口が多く、その上社会性を持つ民族性だけあってカルニボア帝国の中でも早く教育が行き届き、社会が発展したおかげでカルニボア帝国の中では最も治安が良いのだ。それまで黙っていたナトが口を開いた。


「カルニボア帝国の歴史はかなり長いと聞いていたが、ループス領は特に古い領なんだな」


ペリソダクティラ王国出身の彼は16歳の頃にループス城に支え始めてから早16年、フォルテと同い年ということもあり2人の連携はもはや完璧に近い。カルニボアとループスを褒められて少し得意げな顔となるヴェラとフォルテ。例え内戦中であろうと、国民としての誇りは忘れない。フォルテが警戒の為に窓の外を覗くと、フェリシア領民もまた、警戒と好奇心の入り混じった目でこのループスの魔導車を凝視する者、全く興味を示さない者など、基本気まぐれと呼ばれるフェリシア領民らしい振る舞いであった。


「さて、そろそろ跳ね橋です。

ナト、会談中あなたもくれぐれも襲われないようにしてくださいね」


小さく頷き、警戒態勢となるナト。いよいよフェリシア城へと踏み込むことに好奇心が沸き立つヴェラ。防衛結界をヴェラとナト、そして自分に付与するフォルテ。そう、ここはループス領では無い。気まぐれで何をしてくるかわからないフェリシア領の本拠地、フェリシア城なのだ。


―――波乱の会談が、今始まる。

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