第4話執事フォルテ
ーー廊下
ヴェラは書類を一山抱え、残りの山の書類を運ぶ執事に声を掛かる。橙がかった明るめの髪に、焦茶色の毛色の耳が特徴的だ。
「フォルテ、私ももう少し持つわ」
大きな背中、と見つめていたらフォルテがこちらを振り返った。銀縁のウェリントンの眼鏡の奥の瞳は彼女を優しく見つめる。
「ヴェラ様、あなたの優しさは感謝申し上げますが、私はあくまであなたの執事。あなたを支える為にいるのですよ」
彼はヒョイとヴェラの持っていた分厚い本を取り上げると微苦笑する。ヴェラは皆から愛されて育った為、悪意を知らない。執事を気にかけるなど…と苦笑する。
「あ、ちょっと!」
フォルテはそんな彼女を見て思う。普段は年相応…もしくは幼いくらいの表情を見せるというのに、先日の国内会議では一領主としてーーいや、もはや女王の片鱗を見せる彼女は我が主人ながら末恐ろしいと。
「フフッ、さぁ、これからが仕事ですよ」
コロコロと変わる主人の表情だが、やはり笑顔が一番だと思いながら今日もその笑顔を守る為に働く。
「ぐぬぬ…。今日の書類仕事は貴族達の名簿確認?そういえば、私はこの人たちの中の誰かと結婚するんでしょう、フォルテ」
自分の執務室に入り、椅子に座ると、少し口を尖らせて言うヴェラ。彼女はお転婆で男勝りではあるが、ちゃんと乙女らしさもあるので、こう言った縁談に関してどう思っているのかはわかりかねる、と思いながらフォルテは答える。
「えぇ。あなたの性格まで愛してくれる方にしなくてはいけませんね」
少し意地悪な言い方でヴェラを煽るフォルテ。そんなフォルテにヴェラは頬を膨らませて怒る。
「もう、煩いわねー!」
ポカスカとフォルテを叩くヴェラだが、力を込めて叩いている訳ではないのでフォルテは笑う他ない。
「まぁ、いいわ。茶番はここまでにしてちゃんと仕事をこなしてしまいましょう。お見合いは1週間後ね、それまでに完璧に終わらせるわ…!」
ヴェラは仕事モードに切り替わると目がわかりやすく変わる。イヌ科の獣人は表情変化がわかりやすいので、人付き合いが上手い人が多い。また、嘘をつくのを嫌う傾向にある。その為、商談などの表情変化が仇となる場面には弱いのだ。
「貴族達って、結構いるわよね」
ループス領は比較的広いかつ人口も多いので、貴族も他の領より少し多い。
「えぇ、ループス領は人口が多いですから」
貴族が多いということは、有力貴族も没落貴族もいる。
「ハルツゲ家…歴史は古いのに随分と弱小貴族になっているのね。ナツオイ家は可もなく不可もなしって感じ?アキバレ家は有力貴族よね、私も聞いたことある。フユガミ家はちょっと冷たい人が多いと父上が言うけどそんなことないと思うわ」
ツラツラと載っている貴族達の情報を照らし合わせていくヴェラ。フォルテはその度に彼女の知っている情報を修正していく。
「ちなみにハルツゲ家、ナツオイ家、アキバレ家、フユガミ家はこのループス領ができた当初から存在している正真正銘の由緒正しいお家柄ですよ。彼らの家名は春夏秋冬から来ているのです」
ヴェラも何度か社交会で彼らに会っている。フユガミ家の令嬢レイとは昔からの仲で、親友である。
「はー…レイ、元気かなぁ?」
レイはナツオイ家の次男と結婚し、貴族間の恋愛結婚としてある種有名である。
「あぁ、レイ様から先日ご懐妊したとお手紙を預かっております」
さらっととんでもないことを告げるフォルテ。ペンを走らせていたヴェラの手がピタ、と止まったかと思うとワナワナと震え…。
「どうしてもっと早く言わないのっ!」
その顔は満面の笑みで。まるで自分の事のように親友のめでたい知らせを喜ぶ。
「ヴェラ様、あなた様もレイ様に良い報告ができるようにしてくださいよ」
チクッと嫌味をフォルテが言っているのにも気づかないほど浮かれっぽなしだった。
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