第3話縁談の手紙

―――フェリシア領、城内。



「何故今になって、縁談など…父上、私はっ」


現領主ノワール・F・フェリシアは隠居した、実父であり元フェリシア領領主クロノワ・F・フェリシアに抗議する。


「『私は今それどころではない』と、?ロレオーヌ領がこちらに攻めてくまであと半年…お前が聞いてきた情報が正しければ、だがな。まぁ……焦るのも無理はないな、我がフェリシア領だけでは太刀打ち出来ない可能性が高い。そこで、だ。政略結婚で他勢力を加勢してもらえばよいではないか。隣のループス領などどうだ?」


クロノワは黄金色の瞳をゆっくりと開きながらノワールに問う。しばし目を閉じ、逡巡した後、ノワールは領く。白狼の姫、ヴェラ・A・ループス……。


閉じられていた瞳が開くと灰色の美しい目。しかし、その目に暖かさはない。


「……お前の目はリア譲りなのだな」


そう呟くクロノワは、寂しげである。彼の妻であり、ノワールの母であったリアはノワールが幼い頃に病で亡くなっている。


「…母上の優しさは、私にはありませんがね」


そう言って執務室を出るとノワールは吐息をついた。彼の兄弟もまた、母リアの命を奪った流行病で彼の妹チェルナを除き亡くなっている。


「兄上…大丈夫ですか?」


ノワールの頭の絆創膏を見て廊下で出くわしたチェルナは兄に問う。


「大丈夫、心配するな、チェルナ」


長男として、領主として振る舞うように育てられた結果、いつでもどんな状況であろうと気丈に振る舞うことに慣れてしまったノワール。そんな兄を見てきた妹のチェルナ、彼女だからこそ常日頃から心配していた。


「シルヴェス!ループス領に遣いを出せ」


シルヴェス・リリーシャス…ノワールとさして変わらぬ年齢のリビアヤマネコの女性の獣人は、一礼をすると、獣化して風のようにその場から姿を消した。


「……兄上、シルヴェスさんはね」


言いかけて、やめるチェルナ。


「なんだ?チェルナ」


1人しかいない妹のせいか、過保護気味なくらいチェルナには優しいノワールであった。





2日後、

―――ループス城、中庭


「え、フェリシア領主から縁談?!」


フォルテから見せられた手紙にはヴェラにとって初めて見る他の領からの縁談の文字が。フォルテは、縁談の手紙をヒラヒラと遊ばせる。


「えぇ、先程フェリシア領から使者がいらっしゃったのですが、この手紙をロボ様とルー様にお見せした所、ヴェラ様、お二人があなたをお呼びですよ」


ヴェラは微苦笑して言う。


「父上と母上は私を心配しているのね?そりゃあ、内戦下のこの状況であれば誰だって政略結婚だということはわかるわよ。でも、とりあえず会ってみたいわ。フェリシア領の見学と、ついでに相手がどんな人か見るくらいはいいでしょ?」


執事フォルテはため息をつく。賢いお嬢様のことだ、相手を観察しながら分析でもするのだろう……と一人考えながら。


「それで、日程はいつなの?」


好奇心で話す彼女は少し幼く見えることもあるが、秘めている魔力と獣化能力は随一で。


「お待ち下さい、ヴェラ様。ロボ様とルー様の招集に応じてください」


ちなみにヴェラの兄弟姉妹にも縁談はよく来る。美しい容姿と魔力は親譲りの賜物であり、彼らは領主のルールに縛られる必要もない為、気に入った相手を見つければ良いのだ。


しかし、次期領主のヴェラとなると話は別だ。純血の家柄とでなければ結婚はできないし、他の領主との結婚なんて血縁と純血を重んじる彼らには考えられないことなのである。


「平気よ、フォルテ。私、バカじゃないもの」


クスッと笑うその笑みは、悪戯っぽく愛嬌がある。領主の城に仕える者であれば、彼女が人を惹きつける理由を知っている。


オオカミは、愛情深い獣だ。

その愛を、ヴェラは知っている。



―――領主の執務室


「ヴェラ、お前の好奇心には感心するが、あまりに危険ではないか?お前が相手の手の内を知ると同時に、相手にこちらの手の内を明かすことになるのだぞ?少しリスクが高いと思うがな……」


ヴェラの父、ロボは眉間に皺を寄せ、手で顔を押さえている。対して母ルーは不安げな表情を浮かべている。


「ヴェラ、あなたがフェリシア領主と結婚する気がないのはわかっているわ、でも、あちら側から不利な条件を出された挙句、無理やり結婚……なんてことがないとは言い切れないのよ?」


良妻賢母として領民に知られる母ルーが、ヴェラを諭す。両親の愛を一身に受けて育った彼女は、親が教える知識を満遍なく吸収し、賢さに磨きがかかっている。

しかし、彼女は好奇心には忠実な為、こうと決めたら梃子でも動かない時がある。


「父上、母上、私は大丈夫ですよ」


不敵な笑みを浮かべ、獲物を狙う目となるヴェラ。そんな愛娘を見て、やれやれと諦める2人。ロボは深い溜息をついた。


「…はぁ、仕方ない。許可しよう。しかし、それ相応の仕事はしてもらうからな」


ドサっと、大量の書類がヴェラの書斎に置かれる。


「ゲッ、書類仕事」


先程とは打って変わって、あからさまに嫌そうな顔をするヴェラ。


「さぁ、ヴェラ様。執務を」


そそくさと逃げようとすると、フォルテが笑顔で無言の圧力をかける。フォルテは基本的に穏やかではあるが、体格は大柄なので、ヴェラが通る隙間はない。彼女は大人しく捕まるのであった。


「……はーい」

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