おまけSS・元婚約者を見たエットーレ

 急遽時間に余裕ができたので、マルツィアを晩餐に誘おうと急ぎ足で図書室に向かった。もし彼女が帰ってしまっていたらと思うと、走り出したい気分だった。


 まるで抑えのきかない子供のようだ。

 自覚はある。


 毎日彼女とお茶を飲み、益にならない話をする。

 それが楽しい。楽しくて仕方ない。


 今まで女性と生身の姿で差し向かい、会話をするなんてことをしたことがなかった。だから浮かれてしまうのだ。

 そんな分析をしてみたところで意味はない。浮き立つ気持ちは変わらないし、彼女に会いたいと望む気持ちも収まらない。


 それに本当は薄々気がついている。人生で初の女性の友人に浮かれているのではない。

 マルツィアが魅力的だからだ。




 角を曲がり図書室前の廊下に出たところで、足を止めた。マルツィアがいる。サンドロと共に。

 胸の裡が、ざわり、とした。


 遠目に見ても雰囲気が悪くない。いやむしろ、サンドロは好意的だ。

 お祖父様から聞いた話が脳裏によみがえる。サンドロは本性を表したベアータに辟易し、マルツィアの素晴らしさに気がついたという。


 私とは違い美しい目を持ち、彼女と同じ年で、日の当たる場所を闊歩できるサンドロ。


 ざわざわとどす黒いものが裡でざわめく。

 マルツィアに近づくなーー!



 気づけば彼女とサンドロとの間に割り込んでいた。弟と話すのも直接対峙するのも初めてだ。愚かなことをしている自覚はあるのに、口を止められない。



 幸いなことにサンドロは大人しく引き下がってくれた。多分、以前とは違い寛容になったことをマルツィアにアピールしたかったのだろう。お祖父様が、最近のサンドロは言動に気を遣うようになったと褒めていたから。



 私に笑顔を向けるマルツィア。もうあいつは去ってくれたのに、まだ胸の奥がざわついている。


 これは嫉妬だ。

 マルツィアを取られたくない。





 私は彼女を好きになってしまったらしい。恋なんて二度としないだろうと思っていたのに。

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