正体
通されたのは小さな部屋だった。丸いテーブルに四脚の椅子。すでに陛下はいらっしゃり、執事にも着席の許可が出た。これは余程のお話があるのではと戦々恐々とした私たちに、陛下は
「エットーレが自分のことを説明していないそうだな」と仰った。「執事も父親の代わりとして不安を感じているだろう」
どうやら私たちを
「エットーレ様は、いずれお話して下さると約束して下さいましたから、大丈夫です」
「そなたはそうでも執事は違うだろう」と苦笑する陛下。
「……はい」アダルベルトが遠慮がちにうなずく。
「後にエットーレもここに来る。今は仕事を片付けている。それまでは、のんびりと茶を楽しもう」
楽しむなんて無理。今までに何回か陛下とお茶席を囲んだことはあるけど、サンドロやトンマーゾが必ずいた。いったい何を話せばいいのやら。とりあえず昨晩の舞踏会の盛況ぶりを褒め称えて、と。
お茶が入る。すると近侍や護衛は出て行き、部屋には三人になった。
「陛下。一つ質問をしてもよろしいでしょうか」
「申してみよ」
「サンドロ殿下の婚約者がベアータに代わることをお望みでしたか」
「ふむ」陛下は口元に運び掛けていたカップをソーサーに戻した。「余は民に賢王と慕われている」
「はい」
それは事実だ。
「その余の最大の失敗は息子たちだ。育て方を誤った」
その通り!
「だが孫たちはまだ希望があると思いたかった。ゆえにサンドロとそなたの婚約を反対しなかったのだが、期待は見事に打ち砕かれた。
そなたを彼の妻にするのは申し訳ない。サンドロは己に相応しい妻を娶ればよい。そう考えておってな。そういう意味でベアータは最適といえる」
なるほど。オルランディの姓を持たないベアータが最適、か。やっぱり陛下はトンマーゾともしかしたらサンドロも見限ったのかもしれない。
「実はサンドロが舞踏会で婚約破棄をするとの情報を得ていたのだ。そなたは動じることなく承諾するだろうと考えていたし、実際にそうだった」
にっこりとする陛下。
「ではエットーレ様もご存知だったのですか」
「いや。彼には話す機会がなかった」
そうですか、と返事をしてカップを手に取る。陛下の言葉に私はほっとしているみたいだ。
どうして?
多分だけど、エットーレが居合わせたことが必然よりも偶然のほうが嬉しいらしい。
穏やかで丁寧な喋り方をする人だった。声音は心地よく、口元は優しげで。だから身元の詳細は後ほどと言われても不安を感じなかったのかもしれない。
「執事よ。そなたはエットーレをどう考えた」
陛下の急な質問にアダルベルトは瞬いた。戸惑っているときにやる彼の癖だ。
「……お名前とご年齢から想起する方がいらっしゃいます」
「そうか」陛下は満足そうな顔だ。「して、それを彼女に伝えたのか」
「いいえ。憶測でしかございません」
「正しい判断だ」
またも満足そうな陛下。
年齢か、とエットーレのことを考える。甲冑の騎士が陛下の補佐官になって十年近くになるという。その時エットーレは十八歳。大抜擢と言っていい年齢だと思う。
と、扉が開きエットーレが入ってきた。今日ももじゃもじゃの髪で顔が半分見えない。
「遅くなりました」とエットーレ。
「ご苦労」と
それからエットーレは、立ち上がった私とアダルベルトに
「急な招待になりすみません」と謝った。「私が身元を伝えていないことを陛下がお怒りになって」
「勇気がないにもほどがある」と陛下。少なくとも今は怒っているようには見えない。
「昨晩は勢いで求婚したものの、あとから不安になってしまいました」
そう言ったエットーレがごくりと唾を飲んだ。緊張しているみたいだ。
「……私の名はエットーレ・ブルネッテイといいます」
「……ブルネッテイ?」
「はい」
ブルネッテイは王族直系だけが名乗れる名字だ。現在は陛下と第一王子のトンマーゾ一家しかいないはずだけど……。
「父は第一王子トンマーゾ・ブルネッテイ、母は隣国の王女カリーナ」とエットーレ。
「やはりトンマーゾ殿下のご長男様でしたか」
アダルベルトが言って頭を下げる。
「そう、こやつは私の孫だ。一番優秀な」と満足そうな陛下。
何ですって?
エットーレも王子?
しかもサンドロの兄ということ?
だって長男は早世したんじゃなかったの?
穴が空くほどエットーレをみつめる。彼は居心地悪そうにみじろぎをした。
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