義妹
一晩の間に婚約者が代わるという稀有な体験をした翌朝。もしかしたら夢だったのでは……と考えていたところに、国王陛下から招待状をもらった。午後のお茶の。しかも執事を同行させるようにとの注文もついていた。
全てが初めてのこと。エットーレとの婚約について話があるのか、それともベアータのことか、はたまたルフィーノのことか。何も分からないまま、緊張しているアダルベルトとふたりで王宮に向かった。
執事の話では、ベアータも昼前から城に上がっているという。鉢合わせしたくないなと思っていると、廊下でばったりと会ってしまった。あちらは鼻の下を伸ばしたサンドロと密着している。
「あらお義姉様。王宮で何をしているの?」
ベアータの表情は傲慢で声には嘲りの色がある。オルランディではなかったショックは一夜にして消え去ったらしい。
「……所用よ」
招待状には、アメリアとベアータには内密で、とも書いてあった。曖昧な返事をベアータは都合良く解釈したようで、意地悪な笑みを浮かべた。
「そういえば」とサンドロ。「お前が新たに婚約した男は誰だったのだ?」
エットーレには、話さないでほしいと頼まれているから
「分かりません」
と答える。婚約者の名前も知らないなんて絶対におかしいけど。
「え……」と、サンドロの顔が強ばった。「名前くらいは……」
「『いずれ教える』とのことです」
「いやだお義姉様。どこの誰とも分からない人と婚約したの? サンドロ様に捨てられたことが余程ショックだったのね。可哀想に」
全然、可哀想と思っていない顔でベアータが言う。一方でサンドロは
「そ、それは大丈夫なのか」と、オロオロしだした。「勧めはしたが、そんな非常識な男だとは……」
これだからサンドロを嫌いになれない。尊大で傲慢で身勝手な男だけど、根は小物なのだ。誰彼構わず攻撃するくせに、相手がダメージを受けると後悔する。結婚相手としては遠慮をしたいけど悪人というほどじゃない。王子として育っていなかったら、普通の青年になっていたのではないかな。
「陛下と宰相閣下は婚約届けで名前を確認しているはずです。問題はないでしょう」
「そ、そうか」ほっとした表情のサンドロ。「では、マルツィア。少しは生意気なところを直して可愛がってもらえよ」
何それ。口調も少し柔らかい。サンドロなりにアドバイスをしているつもりなのかもしれない。
「考えておきます」
私も冷たくならないよう気をつけて答える。サンドロは鷹揚にうなずいてベアータと一緒に去って行った。だけどベアータは私たちのやり取りが気に食わなかったみたい。射殺しそうな目で私を睨んでいた。
ふと、いつだったかメイドがこぼした愚痴を思い出す。ベアータは何でも私と同じかそれ以上を望むらしいのだ。彼女も私もオルランディの令嬢なのだから同じで当然という考えみたい。たとえば私が服を仕立てると、ベアータはその金額以上の服を欲しがる。
アメリアは、欲深さは隠しなさいと娘をたしなめているけど、効果はない。ちなみに他にも、悪口は慎む、という方針があるらしい。でなければ良い男は手に入れられないからだそうだ。そうやって父を落としたのだろう。
母親とは異なり深い欲を隠せないベアータは、サンドロが私と親しく話すことが面白くないに違いない。面倒だからあまり関わらないようにしよう。
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