求婚
めでたいと揶揄するサンドロとベアータに
「私は陛下にご挨拶をしなければならないのですが」
「分かっています。ですがその前にお話を。あなたは私をご存知ないでしょう?」
「ええ、まあ」
行き交う人たちももじゃを不思議そうに見ているから、誰もが彼を初見なのだろう。
廊下を進み
「突然結婚の申し込みをしてすみません。実は一ヶ月以内に婚約、三ヶ月以内に結婚をしなければ、仕事をクビにすると上司に言われております」
「まあ」
「今夜の舞踏会も上司の指示で伴侶を探しに来たのですが、そうしたら目の前であなたが婚約破棄をされていたのです」
そうですかと返事をしながら、彼の話を考える。『上司』と言うのだから仕事に就いていることは確実。
そしてこの舞踏会の会場に来れているのだから招待状をもらっているか、そのような人に同行させてもらえたか、ということになる。
でも誰も彼を知らない。となるとやはり――。
「あなたは私をご存知ないでしょうが、私は存じ上げています。聡明で心根の美しい方です」
「……それは過大評価です」
手放しの称賛に恥ずかしくなりうつむく。だって私はベアータもアメリアも大嫌い。事故に遭ったのが父でなく彼女たちだったらと、何度思ったことか。
「そのようなことはありません。とにかく私みたいな者に嫁いでいただくのは心苦しいのですが、決して悪いようには致しませんから」
「『私みたいな者』とは、どういう意味でしょうか」
そう尋ねるともじゃは一瞬怯んだように見えた。
「……私の顔は他人に見せられるものではないのです。たとえ結婚する相手であっても」
「そうですか。他には?」
「『他』?」
「ご自分を卑下する理由です」
「……顔だけです」
「そうですか。私は容姿なんて気にしませんが、あなたが見せたくないと望むならば従います」
「……ありがとうございます。この婚姻は白い結婚にしましょう。私はあなたにエスコート以外では触れないと約束します。あなたがお好きなときに離婚及び再婚ができるように」
思わず首をかしげる。
「王子に婚約破棄されただけでなく、離縁までされた私を娶るような人はいないでしょう」
「あなたは随分とご自身を過小評価していますね」
もじゃは微笑んだみたいだ。顔の中で唯一見える口の端が上がったから。
「お話したいことは以上です」ともじゃ。「陛下にご挨拶に行きましょう」
「大切なことをお忘れですが」
「何でしょうか」
「まだお名前を伺っておりません」
はっと息を呑むもじゃ。
「……そうでしたね。……エットーレとお呼び下さい」
エットーレは名前だ。名字は?
「男爵位を持っています。公爵令嬢には不釣り合いでしょうが、お許しを。年は二十八」
私より十歳年上か。
「それから仕事は……」
彼はまたも言い淀む。
「お話したくないのでしたら結構です。ただ私はあなたのお仕事の予想はついています」
「……」
「常に陛下のそばに控えている方が、本日はいらっしゃらないと噂になっておりますから。お答えにならなくて構いません。あくまで私の予想ですから」
もじゃ、改めてエットーレは吐息してもじゃもじゃの頭をかいた。
「確かに予測がつくことですね。仰る通り私は《甲冑の騎士》と呼ばれている陛下の補佐官です」
「先ほどの上司とは陛下のことなのですね」
「ええ。私を案じてのご命令なのですが……」エットーレが言葉を濁す。「ですがご下命があった当日に、自由になったあなたに遭遇した」
「お互いに幸運ですね」
「こ……。あなたは幸運だとお思いに?」
「ええ」
「そうですか」
エットーレの声は心なしか嬉しそうに聞こえた。
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