二度目の婚約で幸せになれそうです ~王子に婚約破棄されたら、ボサ髪で顔を隠した青年に契約結婚を持ちかけられました~
新 星緒
婚約破棄
「あら珍しい。陛下のおそばにアレがいないわ」
耳に入った声に開け放たれた扉の向こう、大広間の玉座を見た。
彼は陛下の護衛兼補佐官なのだけど、常に甲冑を着ていて素顔を見た人は誰もいないらしい。かなり優秀なのに、その格好のせいで一部の人には陰口を叩かれているみたいだ。
バカらしい。
どんな見た目だろうと彼は陛下の厚い信頼を受けているのだ。そんな人を軽んじる発言をするということは、自分は底が浅いと公言しているようなもの。
それが分からないなんてどんな人だろうと不思議に思い声の主を見て、呆れた。第一王子トンマーゾの愛妾だった。王子自身と一緒にいる。どちらも不惑を越えたいい大人なのに。
もっとも王子がその器でないことは周知の事実だ。立太子もされていない。本人は次期国王は自分と疑っていないようだけど。
トンマーゾは隣国の王女だった妃とその間に生まれた長男を早くに亡くしている。その後再婚したけど相手の家門は男爵位で権力も財力もなかった。だから彼は次男を、陛下を除けば我が国で一番の権力・財力・領地を持つオルランディ公爵家の長女と婚約させて後ろ楯を得たのだ。
――その公爵令嬢が私、マルツィアだけど。
会ってしまったのは仕方ないから、私は婚約者の父親に挨拶をしようとした。けれど彼は私に気がつくとそそくそと去ってしまった。
まあいい。私も彼は大嫌い。父を脅して婚約を結んだのだから。息子以外と婚約をしたら相手の家門をとり潰すと言って。父は私が未婚で一生を終えることを危惧して了承したのだ。
その父ももういない。一年前に事故死してしまった。実母も十年前に病死しているし、血の繋がった家族は十四歳の弟ルフィーノと一歳のフィリッポだけ。
気を取り直して陛下に挨拶に行かなくては。陛下は私が、今日も婚約者にエスコートされていないことに心を痛めるだろう。申し訳ないけど、挨拶をしない訳にはいかない。
重い気分で大広間に入る。と、
「マルツィア・オルランディ!」
と背後から私の名前を呼ばれた。
振り返ると婚約者のサンドロがいた。義妹のベアータの腰を抱いている。彼女は父が再婚したアメリアの連れ子だ。
「これは殿下。ご機嫌麗しゅうございます」
「お前との婚約は破棄だ」
はあ。会話が成り立っていませんよ、サンドロ。いつものことだけど。
「お前は俺を立てない。可愛げもない。生意気過ぎる。王子妃にふさわしくない。お前に俺はもったいない。だからベアータと婚約することにした」
「そうでございますか。では殿下のお望み通りに」
片膝を曲げて頭を下げる。
これでサンドロと結婚しなくて済む。こんなに嬉しいことはない。
「まあ大変」
遠くからひそひそ声が聞こえてきた。
「王子に婚約破棄をされるなんて。マルツィア嬢はキズモノね」
「もう結婚は無理でしょう」
「修道院に入るしかないわね」
私を嘲る会話にベアータは嬉しそうな顔をした。
彼女は――いや、彼女とアメリアはオルランディ公爵家の全てを手に入れたくてしょうがないのだ。
「あの。よろしいですか」
先ほどのひそひそ話とは違う声に話し掛けられた。そちらに顔を向ける。そこにはもじゃもじゃが立っていた。着ている服は一般的な貴族男性のものだ。だけど頭が。
金色だけど強いクセのある長めの髪が四方八方に渦を作っていて、まるで鳥の巣みたい。しかも前髪が鼻の頭を隠すほど長い。顔のパーツで見えているのは口だけだ。
一体誰だろう。初めて見る人だ。
「あなたは婚約破棄されたのですね」ともじゃもじゃ。
「その通り!」
ええとうなずく私よりも大きな声で答えるサンドロ。
「ならば私と結婚してくれませんか?」
「え?」
「修道院行きよりは安楽な生活を提供するとお約束します」
もじゃもじゃの声は真剣でからかっている様子ではない。
「これはいい!」とサンドロ。「是非そうしたまえ!」
彼を見て、口だけを動かし『どなたかご存知ですか』と尋ねる。
「知らん!」
知らないのか。でも受けてもいいかな。ルフィーノのことを考えると自由に動ける立場でいたい。オルランディ家にいてはアメリアがいるから無理だし、修道院でもきっとそう。
もじゃもじゃが
「失礼します」
と距離を詰めてきて私の耳に顔を近づけた。
「結婚して下さったなら、あなたの弟君も一緒に暮らせるよう取り計らいます」
息を呑み、もじゃもじゃを見る。彼はゆっくりとうなずいた。
弟のルフィーノは元から病弱だったのに、父を亡くしたショックで一層体を壊して空気の良い山奥で静養している。
――ということになっているけど、それは嘘。オルランディを乗っ取りたいアメリアに暗殺されないために身を隠しているのだ。アメリアは父との間に生まれたフィリッポに爵位を継がせる気でいる。
ルフィーノの件は徹底的に秘密にされていて我が家で知っているのは執事のみ。匿ってくれているのは陛下だ。
そう考えると、もじゃもじゃは陛下に近しい人ということになる。そういえば今日はそんな人がひとりいないけど、関係があるのかな。
どちらにしろ答えは決まっている。
「分かりました。お申し出をお受け致します」
「ありがとうございます」
ほっとした声だった。
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