「第6章 期待してるから」(2-1)
(2-1)
三日連続で彩乃が学校を休むと澄人の心配も大きくなる。相変わらず彼女に容態を尋ねると大丈夫だとメールは返ってはきた。先日は我慢出来なくなり、お見舞いに行こうかと提案したが、うつしてしまったら申し訳ないと拒否をされてしまった。
彩乃がいない学校生活が何て事ないように進行していく。朝、ホームルームで担任が彼女が病欠である事を告げる。誰もその事に対してコメントをする事なく、淡々と一時間目が始まる。
午前中の授業を終えて昼休み、佐川・倉野と食事をしていると、佐川が小さいため息の後、それまでの会話を変えた。
「なぁ、澄人。和倉さん、ずっと休んでるけど風邪ってそんなに酷い?」
「あ、ああ……。そうみたい」
ずっと話題に出なかった彩乃の話が突然出て、澄人は緊張する。
次に倉野が口を開いた。
「三日連続で休んでるけど、インフルエンザ?」
「いや、大丈夫って本人からメールが来ているから、インフルエンザじゃないとは思う」
「そうか、なら良いんだが」
「澄人は和倉さんと連絡出来ているの?」
「一応、毎日メールをしてる」
連絡が取れている事を告げると二人は揃って、安堵のため息を吐いた。
「良かった〜。実はずっと気になっててさ。聞いて良いのか分からないし。倉野と聞くべきか相談してたのよ〜」
「佐川は何回も聞こうとしたんだがな。本人同士の事だから変に聞く事はないって止めてたんだ」
「そう」
彩乃がいなくなっても誰も気にしていないのかと思っていたが、決してそんな事はなかった。
いつの間にか澄人自身の視野が狭くなってしまっていたのだ。
「二人共、ありがとう。和倉さんからは大丈夫って言われたし、早く良くなって欲しかったからメールだけだったけど、放課後に一回電話してみる」
「ああ。それがいいんじゃないか」
「おう、また何か教えてくれよ。力になれる事ならするから」
二人からの頼もしい言葉を聞いて、澄人は放課後に連絡する決意をする。
それからの一日は、非常にもどかしい一日だった。
放課後まで何時間なんて計算し始めたせいだ。おかげで時間の流れは緩やかになってしまい、教室の壁掛け時計の長針と短針はこちらを嘲笑うかのように動いていた。
黒板の上にある壁掛け時計を睨みながら、澄人は放課後が訪れるのを待っていた。
そして、やっと待ち侘びた放課後が訪れる。
帰りのホームルームでは、今か今かとウズウズして、担任の話など、全く耳に残らず聞き流していた。
挨拶が終わると澄人はすぐに通学カバンを肩に掛けて教室を飛び出した。校内だと携帯電話を出せないので、校外に出る必要がある。これが最後の試練だと思い、集団で前を歩く生徒を次々と追い抜いて行った。
軽い疲労感と引き換えに最寄り駅に到着する。すると駅前のロータリーで車から降りてこちらに手を振る人物がいた。その人物が誰かと分かると、澄人の思考が停止する。
「やあ、彼氏君」
どうして、ココにいるんだ……。
思考が動き始めてまず、浮かんだのは疑問。
目の前には、正弘がいる。最後に会った時と同じ服装をしていた。
その表情はとても笑顔だった。気味が悪いくらいに。
「久しぶりだね。元気かい?」
「……どういう神経で話しかけられるんですか?」
この間の一件に関する記憶を消去したのかと疑ってしまう程、正弘からは怒りが感じられない。澄人がそう尋ねると、正弘は頬を掻いて苦笑する。
「いやはや、この間は感情的になって悪かった。いかんな、歳を重ねて落ち着いたつもりだけど修行が足りないな。ところで、彩乃ちゃんは一緒じゃないのかい?」
「和倉さんは体調不良で休んでます」
「そうなのか。この間のお礼を言おうと思ったんだが、残念だなぁ」
「お礼?」
何で? どうして? 頭に疑問と不安が同時に押し寄せる。
「お礼って、何ですか?」
澄人がそう尋ねると、正弘はニッコリと笑って彼の肩をバンバンと叩いた。その衝撃は肩から全身へと伝わり、嫌悪感を生む。
「いやぁ、この間はすっかり騙されちゃったよ。冷静に考えたら、彩乃ちゃんが大事なお金を燃やす訳がないものね。マンションの近くで彼女を見つけて後ろを付いて行ったら、コンビニでお金を下ろすところでさ。覗いたら残高は減っていなかった」
スラスラと得意気に状況を説明する正弘に澄人はずっと気分が悪かった。心臓が早鐘を打ち、油断したら倒れ込んでしまいそうになるのを両足に力を入れて、必死に立っている。
澄人が黙っているのを良い事に正弘は、話を止めようとしない。
「後ろから彩乃ちゃんに話しかけた時、彼女本当に驚いた顔をしていたよ。まるでお化けでも見たような顔をしていたね。それがとっても可笑しいかった」
含み笑いをしながら話す正弘の話を聞いて、彼の話に出てくる彩乃の心情を察して、今度は吐き気が込み上げてくる。
しかし、正弘には澄人が口元を抑えても尚、話を止める気はなかった。
「次の日に二人で会ってすぐに送金してもらったよ。おかげで事業は何とかなりそうだ。今日はそのお礼をね、言おうと――」
正弘が最後まで言い切る前に澄人は彼の胸ぐらを掴んだ。
「どうしてっ! あのお金が、どんなお金が知ってるんだろう!!」
駅前で大声を出したので、周囲の目線が一気に集まった。
澄人の訴えに正弘の顔からは、笑顔が消えて、代わりにどこまでも冷静で冷たい目を見せる。
「知ってるよ。まっ、子供のお金は大人が使ってこそ、価値があるからね」
「はぁ?」
「それより、離してくれないかな? いい加減に」
「っ!」
スッとした目線を向けられて、澄人は突き放すように彼の胸ぐらから手を離す。乱れたワイシャツを整えた正弘は、小さく息を吐いた。
「今日はこれで失礼するよ。彩乃ちゃんにヨロシク」
そう言って、正弘は停めていた車に乗り込んだ。
後を追いかけて、背中から殴ってやりたい気持ちが瞬間的に湧き上がるが、そんな事よりも先にやらなければいけない事がある。
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