「第6章 期待してるから」(2-2)

(2-2)


 澄人は沸騰した頭で荒い呼吸を整えてから、昭彦に電話をかける。三コールして彼は電話に出た。


「もしもし」


「昭彦さん、三嶋です。突然電話してすいません」


「ううん、良いよ? 番号は彩乃から聞いたんだね?」


「はい」


 昭彦の声色は穏やかで、正弘との会話で沸騰した自分の感情を冷やしてくれた。その効果もあって、澄人は冷静に説明が出来る。


「さっき正弘さんと会いました」


「……それで?」


 正弘の名前を出すと昭彦の声が低くなる。澄人はこれまでの経緯を話した。


 偽のお札を用意して、正弘の目の前で燃やした事。


 一旦、作戦は成功したと思ったけど、彼に見つかって彩乃はお金を送金してしまった事。


 その事のお礼を言おうと学校の最寄り駅で正弘が彩乃を待ち伏せていた事。


 彼女が休みだと分かると、彼氏だと思っている自分に経緯を説明してきた事。


 全てを嘘偽りなく説明する。携帯電話の向こうにいる昭彦は静かで、息遣いだけが相槌のように聞こえた。


「——以上です」


 一連の流れを全て説明し終えると少しの沈黙の後、携帯電話の向こうから昭彦の声が聞こえる。


「今、三嶋君の隣に彩乃はいないんだよね?」


「えっ……?」


 彩乃は、そもそもずっと学校を休んでいて、こらちから連絡しようとしていたぐらいだ。それなのにどうしてそんな事を聞くのだろうか?


 動揺していた為か、澄人は電話越しなのに首を左右に振る。


「いません。彩乃はずっと学校を病欠しているじゃないですか。こちらから連絡を取ろうと思っていたくらいで」


「そうか」


 澄人が尋ねると昭彦が力ない返事が聞こえた。彼の態度から彩乃は、病欠ではない。その可能性が浮かんだ。


「この三日間、彩乃には毎日、大丈夫かとメールをしています。すると必ず大丈夫だと返信がありました。それに安心して、悪化させたら大変だと不用意な連絡を控えていました。本当に彩乃は病欠なんですか?」


 澄人が尋ねると昭彦はすぐに返事を返さない。それを埋めるかのように二人の間を沈黙が漂っている。


 やがて昭彦が「実は……」と口火を切った。


「三嶋君の想像通り、彩乃はこの三日間、家に帰っていない」


「そうですか」


 想像していたはずなのに、いざ答えを聞くと固まってしまう。次に何をするべきなのか。それを分かっているつもりでも口は渇いて上手く開かなかった。まるで誰かが声を出すバルブを閉めているようだった。


「僕のところにも一回だけ、彩乃から連絡があった。しばらく家に帰らない。次に自分から連絡するまで学校には休んでいると伝えてほしいと。もし僕が本当の親だったら家に帰って来なさい、そして学校に行きなさい。と言っただろう。だけど、言えなかった」


「はい」


 以前に会って分かっていた事だが、昭彦は基本的に彩乃には逆らわない。本当は仕事に追われていても嘘をついてまで、彼女を迎えに行ってしまう。


「彩乃は君と一緒にいると言ったんだ。やられたよ、その一言ですっかり信用してしまった」


「彩乃はきっと分かっていたんでしょう。昭彦さんが俺を気に入っている事を」


「だろうね」


 苦笑混じりの返答が昭彦から返ってくる。


「それから僕は彩乃の願い……いや、指示か。指示通りに学校に病欠の連絡を入れた。最初の一日目に学校に連絡した事を話すと。すぐにありがとうと返事が返って来た。結局、彼女からの返事はそれっきりだ」


「俺のせいです」


「三嶋君のせい?」


 昭彦の疑問に澄人は説明する。


「一日目から今日までずっと、休み時間になると彩乃にメールを送っていたんです。彼女は大丈夫としか返さなかったけど、本人からしたら、それだけで昭彦さんが学校へ病欠の連絡をしているかを確かめられる」


 二日目以降、彩乃にメールを送らなければ良かった。そうすれば、きっと彼女から何らかのアクションを起こしたはず。


 ずっと、彩乃の掌の上にいたのだ。


 ピースが繋がり一本の道になった時、初めて全貌が見えた。


「どうやら、二人して彩乃にやられたみたいだ」


「はい」


「彩乃に先程、電話をかけたんだが繋がらなかったんだ。電源を切られているみたいでね。居場所が分からない」


 昭彦は彩乃との唯一の繋がりが切れている現状を報告する。


 それはつまり、圧倒的不利な状況下で彩乃を探す事になる。


「俺が探します」


「心当たりはあるのかい?」


 不安げな昭彦の声が返ってくる。


「いえ、正直ありません。だけど、それでもこのまま動かないなんて出来ません。やれる限りの事はしようと思います」


「ありがとう、三嶋君。二人で彩乃を探そう。新しい情報が入り次第、君に一番に知らせる」


「はい、ありがとうございます。では、また」


 そう言って昭彦との通話を終わらせると彩乃に電話をかけた。事前に聞いていた情報とは違ってコール音が鳴った。電源は入れているようだ。

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