「第4章 何気なくを人工的にやる人」(7-3)
(7-3)
澄人が頷いて了承すると、彩乃は「ありがとう」と笑顔で返した。そして、小さく息を吐いてから話を始める。
「あの人は、正弘さん。父方の親戚のおじさんなの。会社の経営に失敗したみたいでお金が必要なんだって。それで私のお金を狙ってるの」
「彩乃のお金って?」
「私のお金っていうのは、簡単に話すと両親の交通事故の保険金。あとは前に住んでいた家の土地とか財産のお金全部で二億ちょっと」
「二億って……」
彩乃本人の口から発せられた金額の単位は、高校生の澄人には現実感がないお金だった。だが、彼女の口から出た金額は、紛れもない事実。正弘の存在がそれを証明していた。
「うん。私が中学三年生の頃、両親が運転中に交通事故に遭ったの」
彩乃の未練探しで彼女がお金の心配をする必要がないと言った理由。いくら事前に瀬川から聞いていても本人の口から聞いてしまうと、どうしようもなく悲しい気持ちになった。
両親が遺したお金を自殺止める未練作りに使う。
両親はそんなことを絶対に望んでいない。そういうお金では決してない。その事を考えていた澄人は顔に出てしまった。
「そんな顔しなくて大丈夫。もう落ち着いてるから」
「あ、うん……」
彩乃はため息を吐いてテーブルに置いたカップのフチを指でなぞる。
「ちょっと前は来なかったんだけど、最近はまた来るようになって。今日もそろそろ来そうだなって思ったから時間を潰そうとしてた。まさか尾行されてたとは思わなかったけど」
彩乃が時間を潰そうとしていた理由を知った澄人はどうして彼女にオレンジの栞が挟まってしまったのか分かった。今も彼女の頭にはオレンジの栞が挟まっており店内の暖房の風に揺れている。
一見すると、同じオレンジの店内の照明と合っている栞。だが、その栞は彩乃の中に確実にある自殺を予知するもの。出会った当初に比べてかなり薄くなったが、確実に無くなった訳ではない。
二人の間に重く冷たい沈黙が流れる。
彩乃に何か言葉をかけたいのに出てこなかった。その現状をもどかしく思っていると、彼女の方から沈黙を切った。
「前にも学校で聞いたけど、もう一度聞く。どうする? 未練探し続ける?」
「続けるよ。学校でもそう答えたじゃないか」
彩乃の問いに迷いなく澄人は答える。返事を聞いて、彼女は目を丸くして驚いた。本人の感覚ではココで終わると思ったのだろう。
そう思っていたのが表情から見て取れる。
澄人は更に続ける。
「和倉さんがどんな境遇にいるのか。正直、分からない。きっと俺みたいな脳天気な高校生が考えられない過酷な環境にいるんだと思う」
「そんな事は……」
彩乃が首を振って否定しようとする。しかし、それに対して澄人が右手を前に出してストップをかけた。
「だから教えてほしい。もちろん、話せる範囲でいいし。強制するつもりはないんだけど、教えてもらった方が今後の未練探しにも活かせる事があるかも知れないから。勿論、誰にも話さない。安心して」
分からない事を伝えてから教えてほしいと澄人は伝える。今の彼が精一杯出来る事で本心だった。
澄人の訴えを聞いた彩乃は、話すべきかどうか視線を斜め下に向けて迷っている。もしココで彼女が話さない選択肢を取ったとしても未練探しは続けるつもりはあるが、どうしても全力のパフォーマンスは出せないだろう。
それは彩乃の頭にあるオレンジ色の栞を消す作業にも繋がる。出来れば知っておきたいのが本音だった。澄人がそんな事を考えていると、顔を上げた彩乃はカップを手に取り蓋を開けて口を付けた。まだ温かさが残っているキャラメルマキアートを口に含み喉を鳴らす。
その行動には決意が示されていて彼女は、半分はあったであろう中身の殆どを飲み干したのだった。
「分かった。そこまで言ってくれるのなら、全部話す」
「本当?」
澄人の問いに彩乃はコクンと首を縦に振る。
「でもココでは話せない。知り合いがいないのは分かってるけど、どうしても周りに人がいて話せる内容じゃないから」
「いいよ。場所を変えよう。誰も周りに人がいないって言うと、どうする? カラオケとか?」
「いや、私の部屋がいい。今から家に来て?」
「えっ?」
突然の事態に澄人は先程までとは別の驚きを見せる。
「時間とか厳しい?」
「いや、厳しくはないけど……」
カラオケを提案している時点で、時間的制約がある訳がない。つい、そう思った澄人だったが。それは思っただけに留める。
「もしかして交通費の心配してる? それなら大丈夫。今から車で行くから」
「車? タクシーって事?」
タクシーの事を言っているのなら半額は払うと言おうとした澄人に彩乃は「違うよ」と否定した。
「昭彦さんに連絡して迎えに来てもらうから」
彩乃が言ったその名前は正弘との会話で出てきた名前だった。おそらく彼女を守っている親類だとは予想が付いていたが、まさかいきなり迎えに来てもらうなんて事を頼めるのか。
澄人の不安を汲み取って彩乃が答える。
「心配しなくても大丈夫。昭彦さんの仕事場すぐこの近くだから。そろそろ仕事も終わるはずだし。それに一緒に住んでるから」
細く赤いベルトの腕時計で時間を確認しながらそう話す彩乃。
「いや、でもいきなりだと悪いんじゃ……」
「大丈夫、昭彦さん。私に甘いから。突然のお願いも全然聞いてくれるから」
さも当たり前のように話す彩乃。最早、何を言っても返されると悟った澄人は観念したようにため息を漏らす。
「それで、どうする?」
「行くよ。話を聞きたいのは本当だから」
澄人が了承すると彩乃は、笑顔で頷いた。
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