「第4章 何気なくを人工的にやる人」(2-2)
(2-2)
「私は、彩乃と中学からの付き合い。だから、あの子がものすごい大金を持っているのも知っている」
「そうなんだ、確かにお金持ちだとは思ってたけど」
どこまで知っていて、どこまで知らないのか。下手に全て話す訳にはいかないと思った澄人は受け身の姿勢を取る。
「中三の三学期、あの子が凄い大金を持っている事が噂になった。よくあったのは、彼女は宝くじで数百万円が当たったって噂」
「それは……、何と言うか」
「言いたい事は分かる。でも、皆事情なんて知らないんだもん。無自覚だからって何を言っても言い訳じゃないけど、しょうがない」
本人の口から言わなくて興味だけが膨らんでいく。誰かが、不審に思ったら、どれだけ良かっただろうか。
澄人がそう事を考えていると、瀬川は「でもそんな事は些細な問題」とため息混じりに話した。
「些細な問題?」
「彩乃の持っているお金に群がってくる連中が出始めたのよ。普段は話さない連中。そんな奴らが彩乃のお金に群がり始めた。最初は缶ジュースぐらいだったけど、それは次第に大きくなって最終的にはパソコンまで要求してた。その結果、クラスの殆どが彼女に何かを奢ってもらった経験のある異常な状態が完成した。……私も含めて」
「それってさ、親とかは何も言わなかったのか? それか担任とか」
「宝くじで当たったお金って名目が強かった。それって、所謂あぶく銭だから、誰にも迷惑はかけてないだろうって。彩乃も基本的に買ってくれるから。担任はマジでクズだから無関心を装ってた。でも後で分かったけど、彼女にカーナビを買ってもらってたらしい。本当、クズ」
「うわっ」
澄人は思わず声が出た。
本来ならば、事態を防ぐべき担任の行動とは、とても思えない。
「結局、お金が入ってから卒業するまでの僅か数ヶ月で数百万円使っていたらしい。私はそれを知って聞いたの。本当に宝くじなのって? そしたら、彩乃は首を左右に振って笑った。そして、人差し指を立てて唇に押し当ててから、言ってくれた」
「あれは、両親が交通事故で亡くなった保険金とか慰謝料。だから宝くじなんて当たってないって……。その事を聞いたのは、卒業まであと一ヶ月を切った頃だった。卒業するギリギリのタイミングに空気を悪くしたくないって、密葬で済ませたんだって。先生達には話してないみたい」
「それってニュースとかならなかったの?」
「被害者側が公表しないでくれって言ってるから、名前は出ない。だから、流れてたとしても誰も気付かない。そもそも中学は私立で電車通学の子も多かったから。近所とかの話じゃないし」
瀬川がそう言って下を向く。経緯を説明する彼女の両肩は静かに震えていた。本人が落ち着くまでの沈黙が流れる。周りからどう思われようと関係ない。
数分の沈黙の後に瀬川が顔を上げ。
こちらを真っ直ぐに見つめる二つの瞳は潤んでいる。
「アンタが彩乃のお金の事を知っている事情は知らない。だけど、お願いだから、あの子に近付かないで。この間は二人でいるのを空港で見たの。私、空港の喫茶店でバイトしてるから」
瀬川の純粋な訴えが澄人に届く。周囲の雑踏が気にならない。それぐらいに彼の思考はクリアになっていた。瀬川は彩乃が大金を持っている経緯を知っているが、栞については知らない。それが答え。
自分は瀬川が話すような金目当てで近付いた訳ではない。
だから……。
そこまで考えて澄人は口を開く。
「俺は和倉さんのお金が目当てじゃない。それは本当だ」
「そう……、なんだ」
「ああ。嘘じゃない」
瀬川がホッとした顔を見せる。その様子に彼女の本質が垣間見る事が出来た澄人は、安心して彼女に尋ねる。
「一つ聞きたいんだけど」
「何?」
「今の高校で他に和倉さんが大金を持っている事を知っている人っている?」
誰もが瀬川のようなパターンではない。だからこそ、他に知っている人間がいるなら把握しておきたい。
澄人の質問に瀬川は静かに首を左右に振る。
「いない。あの子と中学が同じなの、私だけだから。本人が話さない限り誰も知らない」
「そうか。それは良かった」
「良かったって?」
思わず出た言葉に瀬川が眉をひそめる。余計な誤解を与えてしまったと慌てて答える。
「違う違う。変な事じゃなくて和倉さんにお金目当て近付いてくる連中がいなくて良かったって事」
「私からしたら、アンタだって充分お金目当てに見えたけどね。悪いけどまだ完全には信用してないんで」
「それでいいよ。逆の立場でも同じ事を思う」
何となく、瀬川とどこか近い感性を澄人は感じた。その事もあって、彼は自然と携帯電話を取り出す。
「連絡先、交換しない?」
「はっ? もう浮気?」
突然の申し出に瀬川が不審な目を向ける。
「違うって。和倉さんの事でもしかしたら助けて欲しいと思う事がこの先あるかも知れないだろ?」
彩乃の過去を知っているが、栞の事は知らない瀬川。
都合が良いと言えば聞こえが悪いが、澄人にとっては充分に連絡先を交換する価値のある人物だ。それにそんな感情を抜きにしても、彩乃を本気で心配してここまで行動する彼女を尊敬する。
携帯電話を取り出して瀬川の返事を待っていると、彼女はややあってから「はぁー」と、ため息を吐いた。
「分かった。でもあの子の事で困った時だけ連絡してきて。どうでも良い事で連絡きても無視するから」
「はいはい」
瀬川の軽口に苦笑しつつも彼女と連絡先を交換する。
こうして、澄人は心強い味方を一人味方に出来たのだった。
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