「第4章 何気なくを人工的にやる人」(2-1)
(2-1)
ある金曜日の放課後の事。
澄人は最寄り駅のホームで地下鉄を待っていた。佐川と倉野は、二人揃って掃除当番の為、彼一人の下校だ。ブレザーの内ポケットから、イヤホンを取り出して、携帯電話に繋ぐ。両耳から流れるお気に入りの曲に気持ちが楽になる。
時間帯の事もあって、ホームには多くの学生がいる。同じ学校で見知った顔もいれば、別の学校の全く知らない顔もいる。特に話すような知り合いもいない。このまま音楽を聴いても大丈夫だ。そう考えつつ、適当な列の最後尾に並ぶ。
やがて、イヤホン越しでも微かに聞こえるアナウンスがホームに流れた。トンネルの向こうからオレンジと白が混ざったライトを光らせた地下鉄がやって来た。ホームから見える車内は混んでいて、座れそうにない。その事に小さなため息を吐きつつ澄人は、開いたドアに吸い込まれていく。
運よく、ドア横のポジションを確保出来たので、持たれかかり携帯電話を取り出した。地下鉄なので、走り出せば当然圏外となるのだが、手持ち無沙汰のせいか意味もなく携帯電話を取り出してしまう。
明日の未練作りでどこに行くかは決まっているし、他に調べるような事はない。澄人はメールの受信ボックスを開いて、過去の彩乃とのメールのやり取りを確認していた。
周囲の音を音楽に預けて、携帯電話を触る。
その環境から、澄人は周りが見えていなかった。
トントン、と彼の肩を誰かが触る。
「っ!?」
突然の衝撃に体がビクッと反応する。
衝撃の方を振り返ると、そこにいたのは瀬川智香だった。今まで同じクラスになった事がないから、会話をした事はないが、名前と顔は辛うじて覚えている。彼女はこちらをじっと見ている。いや、見ているというよりも睨んでいると言った方が正しいだろう。
視線の意味までは分からないけど、慌ててイヤホンを外す澄人。
「何?」
「あのさ、彩乃とコソコソ何してるの?」
「いや、コソコソって……」
彩乃の名前が出た事やコソコソしていると言われた事に戸惑っていると、正面の瀬川の表情がどんどん怒りに満ちていく。
「ハッキリしなさいよ。コッチは知ってるんだからね。どうしてアンタみたいなのを選んだか知らないけどさぁ、止めてほしいんだよね。お金目当てであの子に近付くの」
お金目当て。
瀬川は彩乃の秘密を知っている。そう考えた途端、澄人のスイッチが入り、このまま彼女を帰してはいけないと判断した。
「どこかでお茶しないか」
「お茶ぁ?」
澄人の提案にあからさまに顔を歪ませる瀬川。ああ、そうか意図が逆になっている。そう感じた澄人は、「ああ、えっと……、」と言葉を続けた。
「お茶って言い方が悪かった。単純にどこかで話したいんだ。和倉さんの事。電車の中で話せる内容じゃないから」
「ああ、そういう事」
澄人の考えを理解した瀬川は、彼から一歩下がると、「分かった。いつも行く喫茶店が駅ナカにあるからそこに行きましょう」と提案する。
「分かった」
瀬川は澄人が了承したのを知って、彼の近くのシートに腰を下ろす。それから二人は話す事なく、乗り換えがある大きな駅に到着した。すると、当たり前のように瀬川は立ち上がり、電車から降りる。それに澄人も続いた。
普段、降りないこの駅はターミナル駅の為、かなりの大きさだ。駅自体が一つの商業施設となっており、喫茶店はもちろん、書店や回転寿司屋まである。瀬川はこちらを振り返る事なく、人と人の間をスルスルと進む。見失うほどの速度ではないが、後ろを歩く澄人の事を考えていない歩き方だ。
やがて緑の丸い看板が目印のチェーンの喫茶店の前で止まった。そこで初めて振り返る。
「ココ。いい?」
「ああ」
「ん」
問題ない事が分かると、瀬川が店内に入っていった。
店内は駅構内にあるからか、学生の姿は殆どなく、スーツを着たサラリーマン達が多い。電源があるカウンターに座り、ノートパソコンを広げている客もいる。
二人は、奥にある席に荷物を預けた。瀬川が財布を出した時、澄人から声をかける。
「あのさ、良かったら買ってくるけど。何を飲むか言ってくれたら」
「え? あ、ありがと。じゃあ、アイスのドリップコーヒーで。ショートサイズ」
「分かった」
瀬川から注文を聞いて、二人分のアイスコーヒーを買い席へと戻る。
「はい」
「ありがとう。これ、お金」
瀬川がテーブルに百円玉を四枚置く。
「いや、いいよ。それぐらい」
「嫌。ちゃんとしたい」
「分かった」
瀬川の訴えに負けてテーブルに置かれた硬貨を取り、財布にしまう。彼がお金をしまったのを合図に彼女はストローを差して口を付けた。
「さて。それじゃ話をしよう」
「ええ」
ストローから口を離した瀬川が話し始める。
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